祝福の備え

 先日、娘の中学校の入学式に出席いたしました。35年前に私が卒業した学校です。少し前に同窓会があったばかりのこともあってか、ほとんど変わっていない校舎、体育館に、昔のことが一層思い出されて懐かしく感じました。
 式の中で、一人の男子生徒が新入生歓迎の言葉を語っていましたが、私も当時は生徒会会長をしていて、よく壇上に立って挨拶をさせられたものでした。最初の頃は、足がブルブル震えるのを必死にこらえながら話をしていましたが、あの経験があったからこそ、今は人の前でさほどあがらずに話をすることができるようになったのかと思います。
私たちは人生において様々なことを経験します。私のこれまでの小さな歩みにおいても、平凡ではありますが、嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと・・・等々色々なことがありました。そうしたことを信仰の目を通して振り返るとき、一つ一つが今日の、またこれからの私のための恵み深い主の備えだったと感じます。
 時には主の見捨てられたと感じるようなところを通ることもあるかもしれません。成功の絶頂を経験することもありましょう。どんなところを通っても、信仰者は失望せず、落胆せず、おごらず、高ぶらず、へりくだって、たんたんと天の都を目指して、忠実に真実に歩み続けたいものです。例え今悩みと試み所を通っていても、それは必ず後の祝福のための備えとなるのです。

   「今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります。」ヨハネ13:7
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by sayama_church | 2011-04-18 14:56 | 牧師の窓 | Comments(0)
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