働きをゆだねる

 ある著名な牧師が、こんな話をされたことが私の心に深く残っています。「牧師は、なすべきことをしっかりと、たんたんと、やっていればそれで良い。」1993年に牧師としての人生を狭山での開拓をもって始めさせていただいて17年が経過してそろそろ牧師人生の折り返し地点が間近となり、これから私が牧師として何をなすべきかをしばしば考えさせられています。
 牧師の働きに関しては、使徒パウロはいみじくもこのように語っています。「私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。」(コロサイ1:28)つまり牧師の働きは、キリストを宣べ伝えて人を救いに導き、神の御言葉を教えてキリストにある成人として立たせることです。パウロは、「このために、私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。」(コロサイ1:29)と言っています。
 私もこの二つのためにこれまで以上にパウロのように奮闘したいと願うのですが、同時にもう一つのことに心を砕いていかなければならないと思わされています。それは「働きを人にゆだねる」ことです。パウロはこうも言っています。「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。」(テモテ2:2) 
 私にも多くの先輩を通して主から委ねられたメッセージ、宣教のスピリット、重荷、働きがあります。それを自分だけでとどめてしまうのではなくて、一人でも多くの人に委ねることに心を注ぎたいと願うことです。
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by sayama_church | 2011-05-01 22:01 | 牧師の窓 | Comments(0)
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