いかに生きるか

 猛暑と思われた夏も盛りが過ぎて、まだ8月とは言え何となく秋の気配を感じる日々です。月日は、確実に過ぎていることを覚えます。そんなことを思うと、またしても限られた人生をいかに生きるべきかを考えさせられます。
 主イエスの語られた大変有名な御言葉があります。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」マタイ11:28,29
 私たちは、主イエスのもとにやって来て、様々な荷を下ろします。主イエスは、疲れた私たちをそのまま、ありのまま、まるごと受け入れて下さいます。私たちは、安息を得、癒されます。主イエスは、いつでもこのように迎えて下さるのです。それはクリスチャンになるときも、なった後でも同じです。
 しかし、主イエスは、休みと癒しを受けた私たちに、次にこう言われるのです。「私のもとで休みを得たか。さあ、立ち上がって、今度はわたしに従って来なさい。わたしのように生きのだ。わたしのくびきを一緒に負わないか。」
 私たちは、どのように生きたらよいのでしょうか。それは、キリストに従って生きるのです。キリストが生きたように生きるのです。キリストのくびきを負って、キリストと共に生きるのです。キリストのくびきとは何でしょうか。それは自己犠牲です。もしかしたら自己犠牲は、少し誤解を招きやすい言葉かもしれません。「自分を捨てて、神の御心に生きる」と言った方がよいかもしれません。自己中心から神中心に生きることです。自分を捨てて、神の御心に生きるとき、本当にたましいの安らぎを持つのです。しかも、主のくびきは、思ったより軽いのです。主が共に担っていてくださるからです。アーメン。
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by sayama_church | 2011-08-30 16:56 | 牧師の窓 | Comments(0)
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