苦しみ

 私は、自分が苦しみについて何かを語れるような人間ではないと思っています。これまでの短い(?)人生において、悲しいこと、辛いこと、苦しみを経験してきましたが、私以上に大きな痛みを乗り越えてこられた、あるいは今なお戦っておられる方々が多くおれるからです。
 先日、福島第一聖書バブテスト教会の佐藤彰師が著されたトラクトを読みました。この教会は、福島第一原子力発電所のすぐ近くにあるために、3.11の大震災のために起った原発事故の被害をもろに受けました。教会は閉鎖、信徒は離散、60人ほどの一部の信徒と牧師は集団で流浪の避難生活を続けています。そうした苦しみの中からの一文です。「私はある日、避難所から他の避難所に物資を届けようとしました。けれども、突如自分の心が耐えられなくなり、思わず避難所から飛び出してしまいました。その時、自分の心が傷ついていることを知りました。自らおぼれながら、他のおぼれる人を助けることができないことを知りました。」(佐藤彰著「闇に輝く光」から)
 心は痛み、呻き、傷つきます。その痛さは、同じような苦しみの中を通った人しか分かりません。どうして苦しみがあるのでしょうか。その答えを見つけることは簡単ではありません。しかし、聖書の中にこのような言葉があります。「彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。」(イザヤ63:9,10)
 私たちが苦しむとき主も共に苦しんでおられます。その胸に抱いておられるのです。そして、救って下さるのです。私たちは祈ろうではありませんか。「主よ、私たちの不信仰の罪を赦して下さい。そして、私たちを顧みて下さい。」
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by sayama_church | 2011-10-05 13:03 | 牧師の窓 | Comments(0)
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