母は、現在、自宅で療養生活をしています。先日に意識不明となり、幸い意識は戻りましたが、それ以来はドクターの往診は週に1日と変わりませんが、訪問看護は毎日となってしまいました。C型肝炎と恐らく過労も重なってだと思うのですが肝臓を相当悪くしていて、どうしても毎日の点滴が欠かせないようです。
 しかし、不思議なほどに母の表情は明るく輝いています。口から出てくる言葉は、周りの人への気遣いと愛だけです。これには、息子の私も少々驚かされています。そして主イエスにある人の幸いと主イエスの救いのすばらしさを実感しています。
 思うに母の人生は、いつも自分のために生きるのではなく人のために生き、受けるのではなく人に与える人生だったように思います。愛されることを求めるよりも人を愛する人生でした。ことに、家族や困っている人、弱い人、貧しい人に心を寄せる人でした。
 聖書の中に「受けるよりも与えるほうが幸いである。」(使徒20:35)とあります。この御言葉は、祖母からも母からも、そして父からも小さいときから幾度も聞かされた言葉でした。もうひとつ「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。」(ルカ6:28)もよく聞かされました。
 母の晩年を身近に見ながら、祖母のときもそう思いましたが、この聖書の御言葉の確かさを感じています。家族を愛したから、家族に愛されて療養しているのだと思います。神と人に惜しみなく与えたから、何不自由なく手厚い看護を受けているのだと思います。
 人は、自分が生きたように死んでいきます。願わくは、私も母のように生きてみたいと思うことです。
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by sayama_church | 2011-10-23 19:51 | 牧師の窓 | Comments(0)
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