再び教会

 先週の礼拝は、私は三沢に出かけて留守をしました。家に帰って家内に狭山の様子を尋ねましたら、大掃除には思いがけずにも沢山の人が協力してくださったので例年よりか早く終わったことや礼拝は人数が少なかったけれども、とても恵まれたことを報告してくれました。それを聞いて、本当に主の御名を崇めました。また、主にある皆さんのご奉仕、お祈り、お心遣いに心から感謝申し上げます。
 ところで、私は日曜日に外部で奉仕をすると、以前は狭山のことがとても気にかかり、礼拝前の早朝に電話を入れて家内にアレコレ指示したり、帰りの電車の中では、狭山の礼拝はどうだっただろうか、車の送迎に混乱はなかったか、皆さんは恵まれただろうか、などと心配したものでした。ところが今回は、土曜日までに私がしておくべきことをした後、三沢に足を踏み入れてからは、狭山のために祈りつつも、三沢に心を集中してご奉仕させていただきました。
 それは、狭山キリスト教会の所有者、最終的な責任者は、私ではなく主イエス様であること、私は主イエス様にお仕えしている僕にすぎないことを、主イエス様に教えていただいたからです。狭山キリスト教会は主イエス様の教会ですから私が留守でも主イエス様が最善を成して下さるのです。
 狭山キリスト教会を開拓したのは私なので、私は狭山キリスト教会を心から愛しており、ここに集われるお一人お一人、この地に住まう一人一人を主にあって心から愛しています。けれども、それ以上に、教会とは主のものであり、主がご支配されるところなのです。このことを覚えたいと思います。 アーメン

「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」エペソ1:23
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by sayama_church | 2011-11-29 20:13 | 牧師の窓 | Comments(0)
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