宣教とは共生!

 日本福音同盟の宣教シンポジウムに参加しました。そのとき発題された福島県の牧師は、宣教とは、その地の人と共にいきること(共生)であると言われ、次のような経験を話して下さいました。
 3.11の大地震とその後に続いた原発事故によって多くの人が東京方面に避難しました。私もいつでも避難できるようにと思っていたのですが、そのような時に、イエス様が原発に向かう姿を見たのです。イエス様は言われました。「私は原発事故の所に行って、収束するように祈る。そしてそこに取り残されている病気や逃げる事のできない弱い人のために祈り、励ましてあげたいのだ。それなのに、あなたは私をおいて逃げようとするのか。」私はイエスさまに問いました。「イエスさま、そんなことをすれば被爆してしまいますよ。」イエスさまは仰いました。「そんなことは問題ではない。それよりもそこに残された人たちと共に生きたいのだ。」この声を聞いた時、私は避難することが出来なくなり、妻と止まり、その結果、地域の人と共に生きることになり、物資支援をすることができました。物資を取りに来た方々の中から礼拝や祈祷会に出席される方が与えられ、若者も多く集うようになりました。そして4名の受洗者が起こされました。
 私は、この話を聞きながら宣教について考えさせられました。私たちの教会は世界の果てを見据えながら「地域に根ざした教会」になるようにと願って歩んできました。けれどもどれだけ地域に根ざした教会になっているでしょうか。「地域に根ざす」とは、地域の人々と共に生きること、地域の必要に応え、貢献することではないでしょうか。私たちの教会は、これからこの点について共に祈り、考え、主の導きを仰ぐ必要があるのではないでしょうか。
 「それから、イエスは、・・・群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。」(マタイ9:36)
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by sayama_church | 2012-02-23 21:16 | 牧師の窓 | Comments(0)
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