いかなるときにも

 車を走らせて、狭い路地にカーブを切って入ったときです。例によって車がエンストしてしまいました。古い車なので、寒い日は減速すると、決まってエンストしてしまうのです。急いでいたので「またか!」と忌々しく思っていると、突然、前方から車が飛び出してきました。お年寄りの運転の高級車で、車庫から出てきたのでした。追突を免れて、フッと思いました。「あれ?神さまに守られたのかな。」
 同じく、先週の出来事です。お茶の水クリスチャンセンターで会議があるので、ぎりぎりの電車に飛び乗りました。ところが途中で信号トラブルが起きて、乗り換えの所沢駅で電車はやってきません。私は書記でしたので、焦りました。遅刻する訳にはいかないのです。次の乗り換えの池袋で走り、お茶の水駅を降りて走りました。パソコンの入った重いバックを手にしながら「何でこんなことが起るのだろう!」と呟いていました。「ハアハア」と息せききって、10分遅れで会議室に走り込み、「すみません。すみません。」と小さな声で頭を下げながら、席に着いて驚きました。いつもなら定刻に始まっているはずの会議がまだ始まっていないです。他に到着していない方が多く、何と10分遅れのスタートでした。ああ、助かった!そして思いました。「神さまに守られた。」
 日常の何気ない出来事ですが、この二つの出来事を通して主は私に一つのことを語って下さいました。「わたしは、どんなときにも共にいるのだよ。」
 人生には、私がここに記したような些細なことではなくて、もっと深刻で、辛い、悲しい、苦しいと、大変な、思いがけないことがいくらでも起きて来きます。そんなとき、私たちは思います。「ああ、もうダメだ。」「何でこんなことになったのか。」「どうしてこんなことが起きるのか。」けれども、主は言われます。「いつでも、どんなときでも、わたしは共にいる。わたしの支配と見守りを信じなさい。」いつでもどこでも逃れの途が備えられ、主の私たちに対する最善が隠されているのです。感謝なことです。

  「神は真実な方ですから・・・耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」 Ⅰコリント10:13
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by sayama_church | 2012-03-07 00:02 | 牧師の窓 | Comments(0)
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