3.11の日に

 今日は3月11日、東日本大震災から丸一年が経ちました。あの日、確か金曜日だったと思います。教会で仕事をしていましたが、これまでにないあまりにも激しい揺れのために、外に飛び出したところ、電柱が大きく振れ、大地が震えていました。しばらくは、家族、親族の安否を確認する電話も通じません。始め、何が、どのようなことが起っているのか全く分かりませんでしたが、やがて、東北沿岸を飲み込む津波、福島の原発事故の凄惨なニュースが入ってきました。
 この1年、私たちの教会が、否、私自身が被災者の痛みにどれだけ寄り添ったかと思うと恥ずかしい気持ちで一杯となります。わずかに祈祷会で祈り、義援金を捧げ、1度だけボラティアで被災地に行かせていただいた・・・・。被災者の悲しみに比したら心苦しい気持ちになります。
 けれども、主は今、東北地方で力強く働いておられます。多くのクリスチャンが支援のために被災地に入りました。現地の教会も踏みとどまって救済活動の拠点となって労苦を惜しまずに働いています。そうしたニュースが私の耳にも入ってきます。そして、先日ある会合で、宮城の牧師がこんな報告をして下さいました。「宮城でフランクリン・グラハムの<希望の祭典>というクルーセードが開かれた。延べで1万人以上の人たちが集まり、多くの人たちが信仰を求めて前に進み出た。これまで考えられない光景だった。」
 一番被災者のために心を痛め、目を留めておられるは主イエス様なのかもしれません。被災地のために続けて祈らせていただきましょう。

「まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」詩篇30:5
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by sayama_church | 2012-03-14 22:08 | 牧師の窓 | Comments(0)
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