クリスチャンらしい人

 「クリスチャンらしい人」と言うと、どのような人をイメージするでしょうか。おそらくそれは、「キリストらいし人」ではないかと思います。「キリストに似た人」です。
 クリスチャンは、十字架の血潮によってきよめられ、御霊によってキリストに似た人へと変えられていくのです。これが、恵みに進む、信仰に進むという意味です。聖化とも言います。聖書に「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。(「きよめ続けます。」の意)」(Ⅰヨハネ1:7)「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(Ⅱコリント3:18)と記されています。
 クリスチャンは、「キリストを受け入れた」という所にいつまでも止まってはいけません。確かにキリストを救い主として受け入れたことは、大きな転機でした。罪は主イエスの十字架のゆえに赦されました。平安が与えられました。永遠のいのちを得ました。神の子となったのです。けれども、それはちょうど生まれたばかりの赤ちゃんのようなものです。何年経っても赤ちゃんや幼児のままでいることが可笑しいように、クリスチャンも「完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するため」(エペソ4:13)に成長していかなればならないのです。
 そのためにはどうしたら良いのでしょうか。聖書の御言葉を読み、御言葉に聞き、御言葉に従うことです。主イエスは「わたしに従って来なさい。」(ヨハネ1:43)と言われました。主イエスに従うとは、御言葉に従うことです。
 2種類のクリスチャンがいます。一つは、自己が中心にあり、神が自分の必要を満たしてくれることにだけに関心がある人です。もう一つは、自分自身を神に明け渡して、神に従う人です。あなたはどちらですか。
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by sayama_church | 2012-06-14 18:44 | 牧師の窓 | Comments(0)
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