心が満たされて

 蒸し暑い日々が続いておりますが、皆さんの体調はいかがでしょうか。猛暑に加えて、寒暖の変化も大きくて、身体が大変なのではないでしょうか。私も、幾分バテ気味です。
 けれども、今日もこのように主の日の礼拝に共に集まることができ、主を拝することができますことを感謝いたします。主イエスの十字架の血潮によって、私たちの一切のすべての罪を赦していただき、またきよめていただき、神さまとの深い交わりの中を歩むことが許されていることは、大きな恵みと力であります。
 人間は、本来、神と交わりを持ち、神と共に歩むように創造されています。けれども、人類はその歴史の始まりから神に背を向け、自己中心に生きてきました。今日も多くの人たちがそのように生きています。その結果、本来、神と交わりをもち、神と共に歩むことによって満たされる魂の奥底が渇き、干からびてしまっているのです。何と多くの方が、虚しい心、飢え渇いた心、満たされない心を抱えて生きていることでしょうか。ですから聖書はこのように言います。「ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ。」(イザヤ55:1-3)
 主イエスによって、私たちはもう渇くことのない神との関係に入れられたのです。
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by sayama_church | 2012-08-11 14:55 | 牧師の窓 | Comments(0)
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