神の子となる。

 昨日は、末娘の小学校の運動会でした。「パパ、100メートル走は○○時から、組み体操は××時からあるから、見てね!」と念を押され、学校と教会を何回か往復しました。幸い学校はすぐそばなので、助かりました。
 子どもはいいものです。遠慮なくストレートに物を言ってくれます。遠慮などありません。きっと娘は、お父さんのことだから、仕事に夢中になって遅れてくるのではと思ったのでしょう。確かに、言われなければ時間に間に合わずに見損なったかもしれません。
 ところで、天地万物を創造された主なる神様は、御子(イエス・キリスト)の十字架による罪の贖いのゆえに、信じる者を子として下さると聖書に約束されています。神の子として下さるのです。「この方(イエス・キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネ1:12)とある通りです。
 私は、神学生時代に尊敬する恩師の下に御世話になりました。丁稚のようなものです。けれども、恩師を心から尊敬し、お慕いしていましたが、越えられない一線があることも感じました。子ではないのです。あくまで師と弟子の関係です。
 しかし、神は主イエス・キリストにあって私たちを子として扱ってくださると言うのです。驚くべきことではないでしょうか。
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by sayama_church | 2012-10-05 22:14 | 牧師の窓 | Comments(0)
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