お金 

 少し理屈っぽい話になりますが、人類の発明で最も大きな物の一つは、貨幣かもしれません。貨幣のおかげで物々交換よりはるかに容易に様々な物を得ることができるようになりました。本来、貨幣自体には何の価値もなく、ただ物を交換するための手段だったはずですが、だんだんと力を持ち、人間の心、生活、さらには社会のあり方を支配するようになりました。貨幣が「お金」になったのです。
 ですから聖書はこのように言います。「衣食があれば、それで満足すべきです。金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。」(Ⅰテモテ6:8‐10)
 あるとき小学生高学年の女の子が「金ほしい!」と呟いているのを耳にしました。お金を得るために女子高生が一線を越えたバイトに手を出す記事を新聞で読んだことがあります。恐ろしいことですが、お金は人間をも商品化してしまい、値段のつかない愛、思いやり、誠実などをあたかもそれほど価値のない物のような錯覚を与えてしまいます。前述の聖書の続きにこうあります。「ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。」(Ⅰテモテ6:10)
 お金に使われる(支配される)のではなく、お金を使う(支配する)人になりましょう。
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by sayama_church | 2013-02-12 18:24 | 牧師の窓 | Comments(0)
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