悩む者が呼ばわると

 私たちの日常の生活には、喜びや楽しみもありますが、色々な問題や課題、悩みや戦いも次々にやってきます。そうしたことに向かい合いながら、逃避せずに、主イエスとともに乗り越えていくのが、信仰生活であります。
 聖書にはこうあります。「この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。こうして、彼らはすべての苦しみから救われた。」詩篇34:6
 この詩篇の作者、ダビデは悩んでいます。義父サウル王の妬みを買い、敵視され、命からがら逃げ回り、敵国の王アキシュのところに行きます。が、身分が明らかになるや否や危険を感じ、今度はよだれを流し、扉に爪を立て、狂ったふりをしましました。へブル語の「悩み」という言葉には、締め付けられる、押し込まれる、挟み付けられるという概念があるそうですが、ダビデは、このような息ができなくなるような圧迫感の中を通ったのです。けれども、主はダビデをすべての苦しみから救われました。主に呼ばわったからです。
 信仰を持つと悩みが無くなるわけではありません。むしろ「正しい者の悩みは多い。」(詩篇34:19)とあります。しかし、悩みや苦しみがキリスト者の最後ではありません。主の助けがあるのです。主に呼ばわるとき、すべての苦しみから救ってくださるのです。主は今も変わりません。
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by sayama_church | 2013-08-11 22:13 | 牧師の窓 | Comments(0)
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