正直な交わり

 教会には、いろいろ小さなグループでの交わりや祈りや学びの場があります。そんなグループに参加しながら、ときどき感じるのは、正直な交わりの心地良さです。偉ぶることなく、見栄や虚勢を張ることもなく、肩ひじを張らないで、ありのままで、会話し、祈り合うことができるのは幸いなことです。教会ならではの恵みの一つでしょう。
 ところで、この正直な交わりのすばらしさは、天地の主なる神様と私たちとの間でも当てはまります。万物の創造者であり、私たちを愛してやまない唯一の主なる神様は、私たちがいつでも正直であることを喜ばれます。悲しいときには悲しい、苦しいときは苦しいと祈って良いのです。罪を犯したときは、「罪を犯しました。」と自分を正当化することなく正直に告白するのです。それが主から恵みを受ける道です。
多く苦しみと試練を通ったダビデは、言います。「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる。」詩篇34:18 
 砕かれた人は、神様の前に正直な人です。ありのままで主の前にぬかずきます。頑なな人は、神様の前にありのままの自分を隠します。あるいは、自分を正当化しようとします。神様の前には、いつでも正直でありたいですね。
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by sayama_church | 2013-09-19 15:59 | 牧師の窓 | Comments(0)
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