訓 練

 先週、家内が体調を崩して入院いたしました。原因となる持病は抱えたままですが症状としては快方に向かっているようで感謝です。
 夜間に入院したために、翌朝に入院を知った娘たちは、三人それぞれでした。「えっ!パパと4人で暮らすなんて大変じゃない!」「大変だ!家のお手伝いしなくちゃ。」「え~!パパの方が入院すればよかったのに!」複雑な思いで娘たちの反応を聞きながらも、なんだかんだ言いつつ家の手伝いをしてくれる娘たちにありがたく思いました。何でもしてくれる家内が少しの間を留守にするという経験は、きっと娘たちの成長に役立つのでは思います。
 さて、私たちはいろいろなことを経験し、様々なところを通らせられます。喜びや感謝もあれば、困難、重荷、試練、戦いと言われるものもあるでしょう。しかし、こうしたことは、天の父が私たちを訓練し、成長させ、より高く引き上げるために許されたことではないでしょうか。聖書にはこうあります。「訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておらえるのです。父が懲らしめることをしない子があるでしょうか。…すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」ヘブル12:7,11
 現実に苦しみのなかにある方には、「訓練」などという言葉はとうてい受け入れ難いでしょうか。当然なことです。けれども、主はそれを益に変えることがおできなるのは確かです。
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by sayama_church | 2013-11-04 15:35 | 牧師の窓 | Comments(0)
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