心を注ぎ出す祈り 

 私は小学生のときに主イエス様を救い主として心に向かえ、中学に上がった年のイースターに洗礼を受けました。主イエス様を受け入れた時に経験した平安、洗礼を受けた時の喜びは、今も忘れることができません。
 40年ほどの信仰者としての歩みを振り返る時に、正直、主の前にただただ申し訳なかったと恥じ入ることを多々思い出します。今あるのは、ひとえに主の憐みと恵みと言う以外にありません。
 そんな私ではありますが、祈ることを知ったことは大きな恵みでした。信仰の成長とともに祈りを通して主と交わる幸い、喜び、そして祈りに応えて下さる主の恵みと力を味わい、経験するようになりました。牧師になってからも、絶えず困難や課題にぶちあたっていますが、何とか歩んでいるのは、祈ることができるからです。
 聖書は、次のように語っています。「民よ。どんなときにも神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎだせ。神は、われらの避け所である。」(詩62:8)「わたしを待ち望む者は恥を見ることがない。」(イザヤ49:23)
 「あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ」とは、私たちの心にあるすべての罪、重荷、痛み、悲しみ、苦しみ、心配、不安・・・を主に申し上げなさいということです。そうすれば、主による赦し、きよめ、いやし、解放、慰め、解決、平安、勝利・・・を必ず経験します。どうか、心を神の御前に注ぎ出すことを知って下さい。
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by sayama_church | 2014-04-08 22:34 | 牧師の窓 | Comments(0)
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