光の中を歩む

 教会の駐車場の端に、ひとりの姉妹の愛のご奉仕によってミニトマトの苗が植えられ、育っています。早くも小さな実をつけ始めたものもあり、楽しみです。
  水やりをしていて面白いことに気が付きました。どんどん伸びているのとそうでないのがあるのです。公平に水を注いでいるつもりでしたので、不思議に感じました。初めは、もともと持っている生命力の違いかと思ったのですが、やがて光のあたり方に違いがあることが分かりました。よく日が当たっている苗は、よく成長していました。
 このことは、信仰生活にもあてはまるのではないでしょうか。人は、罪を悔い改めて主イエスを信じると新しく生まれます。霊的ないのちが与えられ、神と交わりを持ち、神に対して生きた者となるのです。神との交わりによって心の深みの渇きが癒され、これまで味わったことのない平安を経験します。信仰の先輩は、生まれたばかりの信仰者を励まし、祈ります。水を注いでくれるのです。けれども、霊的いのちの成長のためにはもう一つ必要なものがあります。光です。光とは神の臨在です。
  信仰者の霊的ないのちは、光の中を歩み続けるとき成長します。光の中を歩むとは、知れる罪を離れ、神と共に歩むことです。罪を犯した時は、それを告白して捨てることです。神に背を向けて闇の中を歩むことなく、光の中を歩み続けましょう。 
「もし私たちが、神と交わりがあると言いながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。」(Ⅰヨハネ1:6)
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by sayama_church | 2014-05-28 13:35 | 牧師の窓 | Comments(0)
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