聞く 

「聞く」ということは、易しそうで案外と難しいです。私たちは、「聞く」ことより「語る」ことの方が好きです。

 けれども聖書は、「聞く心」は、「知恵の心」であると言っています。ソロモンが父ダビデを継いで王位に就くとき、立場の重さに恐れを抱き、神に「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」(Ⅰ列王39と祈りました。すると神は「今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心を与える。」(Ⅰ列王312と言われました。「聞く」ことが知恵と結びつけられていることが分かります。「聞く心」は「知恵の心」なのです。

実は、祈りも自分の願いを「語る」と同時に神の御声を「聞く」ことでもあるのです。わらべサムエルは、こう祈りました。「お話しください。しもべは聞いております。」(Ⅰサムエル310神の御前に出て静まり、祈るとき、「語る」と同時に「聞く」ことを知っているでしょうか。神の御心が私たちの魂に映し出されるような祈りを知っているでしょうか。

神の御心、御声を聞く心を持つ人は、人の語ることをも聞くことのできる人でしょう。そのような人を、聖書は知恵ある人、賢い人と言うのです。自分の思いや意見をただ言い表すだけではなく、神と人の言葉を聞くことのできる人になりたいものです。


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by sayama_church | 2014-08-03 19:44 | 牧師の窓 | Comments(0)
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