本当の親切 

 人の話にじっと耳を傾けると、いろいろと教えられることがあるものです。

ある時、一人の年老いた方が、これまでの人生の痛みや悲しみ、苦労を私に分かって下さいました。涙を流しながらお話下さる内容に、私は世の罪深さ、無情常さに驚き、また自分はつくづく世間知らずだと感じたことでした。

 その方は、言いました。「私は、どんなに苦しいときにも、人に金銭を求めたりはしなかった。どんなにきつい仕事でも捜して働いた。」「先生、どんなに頼まれても人にお金を貸したり、あげたりしてはダメ。そうではなくて、その人が次につながるように、自分で生きていけるように力を貸してあげるの。仕事を紹介してあげるとか。先生は牧師だから、お祈りしてあげ、その人が主イエスにあって立ち上がれるようにしてあげて下さい。それが本当の親切だよ。私はこれまで人にそのようにしてきた。」

 私は、つい気の毒に思って教会を訪ねてきたホームレスの人や生活の困窮した人に、わずかなお金を持たせて、帰らせていたことを思い出し、恥ずかしくなりました。主イエス様を紹介し、お祈りすることも、ろくにしないで。

私にとっては、人を救い、生かし、導いて下さる主イエス様を伝えることが最大の愛であり、務めであることを改めて痛感しました。同時にもし主のお心であるならば、行き詰まった人や弱さをもった人が、主にあって働くことのできる場所を生み出すことがきたらとも思ったことでした。

「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」使徒36


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by sayama_church | 2014-09-07 19:40 | 牧師の窓 | Comments(0)
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