手のぬくもり 

私たちは、「生きていてよかった。」「生きていることは喜びだ。」と感じたい、そんな心の渇きをもっているのではないでしょうか。

 こうした渇きを癒してくれるものがあるとすれば、それはぬくもりのある真実な愛でしょう。自分が本当に受け入れられ、思われ、大切にされていることを実感すると、私たちは癒され、生きる力が湧いてくるように思います。

 先日、一人の上品な初老の紳士からこんな話を伺いました。忘れられない高校時代の思い出です。柔道部員だった彼は腕を骨折してしまいました。ある日、農業実習で泥だらけなった手を不自由そうに洗っていると、友人が傍に来て、丁寧に洗ってくれたそうです。彼は、声を詰まらせてこう語りました。「あの時の手のぬくもり、私の手のひらの泥を洗い流してくれた彼の手のぬくもりは、40年以上経っても未だに忘れられないのです。」その友人はクリスチャンだったそうです。

 自分の人生に意味や価値を見いだせない人は、少なくはないように思います。「自分なんか生きていてもしょうがない。」と言いたくなることもあるでしょう。けれども周りを見渡すとき、私たちを大切に思ってくれている人は必ずいるはずです。万一、だれもいなかったとしても、少なくともイエス・キリストとイエス・キリストの父なる神は私たちを大切に考えておられます。父なる神は、御子イエス・キリストを私たちの救いのためにお与えになるほどに私たちを愛されました。御子イエス・キリストは、私たちを罪から救うために十字架でご自分のいのちを捨てるほどに私たちを愛して下さいました。このイエス・キリストと父なる神の愛を知るならば、私たちは、生きることができます。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16


[PR]
by sayama_church | 2014-09-28 19:24 | 牧師の窓 | Comments(0)
<< 2014年10月5日(日) 2014年9月28日(日) >>