今あるところで

 先週は、統廃合されることになった母校の中学校の閉校式に出席しました。末娘が在学しているので、保護者として参加したのです。

 もう40年前に卒業した学校ですが、校舎も体育館も昔と変わりありませんでした。あの頃、私はどうした訳か生徒会活動に一生懸命で、会長として何度も雛壇に上がり、大勢の前で挨拶をしたものでした。今にして思えば、牧師になるために責任を持つことや人前で話をする良い訓練でした。

 ところで聖書にヨセフという人物が出てきます。彼は、年寄子で父ヤコブに溺愛されたので兄たちに妬まれてエジプトに奴隷として売り飛ばされてしまいました。エジプト王の廷臣の家に仕え、誤解を受けて投獄されると監獄の長に仕えますが、彼は人生の不条理に、腐り投げやりになることなく、主を信じて置かれた場所に忠実に歩み続けます。その結果、彼は忍耐力と管理する能力を身に着け、やがてエジプトの宰相となって、飢饉のために路頭に迷う一族を救う人になりました。後に、ヨセフは自分を奴隷として売り渡した兄弟にこのように言っています。「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたやあなたがたの子どもたちを養いましょう。」創世記50:20,21

 神は人の悪意でさえ、良いことに用いられるのです。どんな時にでも置かれている所で誠実に歩みましょう。主は私たちのために未来を備えておられるからです。


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by sayama_church | 2015-03-09 17:50 | 牧師の窓 | Comments(0)
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