人生の焦点

 今日から受難週に入ります。受難週は、主イエスが十字架の苦しみを受け、いのちを捨てられた最後の週で、エルサレムへの入京から始まります。主イエスは、言われました。「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」マルコ10:45

主イエスは人生の焦点を明確に有していました。一つのことを見据えて、エルサレムに入られました。それは、十字架で人々の罪の贖いを成し遂げることでした。

 私は、はや人生の折り返し点をとうに過ぎた年齢になり、「何のために生きるか」「何をなさなければならないか」という人生の焦点を持つことがとても大切であると感じるようになりました。限られた時間と能力の中であれもこれも為すことはできないからです。一般にはこれを使命と呼ぶのかもしれません。使命は「命を使う」と書きますが、何のために命を使うのかを捉えている人は、幸いでしょう。キリスト者にとっては、それは自己実現ではなく、神が私たちに成し遂げるようにと備えられた働きです。

 主は、私たちに使命を授けておられます。それはあなたにとっては何でしょうか?主が授けてくださったものであるならば、必ず成し遂げることができます。主が共に働いて下さるからです。
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by sayama_church | 2015-03-29 13:41 | 牧師の窓 | Comments(0)
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