恩師の召天

 私は、22年前に神学院を卒業いたしました。先日、突然、在学中に大変お世話になり、学院長を務めておられた蔦田公義先生が召されたとの訃報が入り、告別式に参列いたしました。

 蔦田公義先生は、インマヌエル聖宣学院長としてのお働きだけにとどまらずに、アジア福音同盟議長、日本福音同盟の理事長なども歴任され、キリスト教界ではとても名の知られた方でしたが、晩年は健康的な戦いを強いられ、召される前の数か月は視力も失い、ほぼ寝たきりの状態だったそうです。そうした中で最後まで祈りの奉仕に励まれたと言う棺の中のお顔は、元々、高貴な容貌だったとは言え、本当に麗しく、天に通じる輝きをさえ感じました。

 ところで、人には、色々な個性、賜物、感性があります。時には、自分の個性、感性とはいささか異なる人と出会うことがあります。私は、これまでの人生を振り返るときに、神さまは自分と異なる人と敢えて出会わせ、私を訓練して下さったように思います。蔦田先生は、才能豊かで、センスが良く、頭も気も良く回る方でしたので、鈍くて気が利かない私は、いつも緊張の連続でした。本当に、出来の悪い生徒だったと思います。

葬儀にださせていただきながら、神学院で繰り返し、繰り返し教えていただいた「御前の歩み」(神の御前に歩むという意識を常に持つこと)をもう一度思いお越し、献身を新たに致しました。私も最後まで忠実に主に従いたい心から願うことです。  

            

               「主の聖徒たちの死は主の目に尊い。」詩篇11615


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by sayama_church | 2015-04-13 16:40 | 牧師の窓 | Comments(0)
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