もう一人の父 

 今日は父の日です。私は3人の娘にとっては父ですが、私にとって父と呼べる人は、2年半前に召されてしまいました。時々父のことを思い起こします。

 けれども、聖書は私たちにはもう一人の父がおられることを教えています。それは天の父です。主イエスは言われました。「あなたがたの父なる神は、あなたがたのお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。』マタイ6:8,9

 天の父は、私たちの痛みも、悲しみも、嘆きも、必要もすべて知って心配しておられます。「父よ!」と親しく呼び掛け、近づき、信頼できるお方です。実に、神はあなたの父なのです。

 ところが、人間は悲しいことに私たちを創造し、私たちをこよなく慕い、愛しておられる天の父を無視して、無関係に生きています。父を父と認めないこと、これより大きな罪があるでしょうか。人が神の前に犯している大きな罪は、実にそれです。主イエスは、この私たちの罪をその身に負われ、十字架上で祈られました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34

 実に、主イエスのこの十字架によるとりなしによって、私たちは父なる神との親しい関係を回復することができるのです。あなたは、もう主イエスによるこの救いを受け入れ、天の父との親しい交わりを持っておられるでしょうか。


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by sayama_church | 2015-06-22 14:35 | 牧師の窓 | Comments(0)
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