自分のためではなくキリストのため 

今日は、私は木更津の教会での奉仕のために、狭山の教会の礼拝にはミッションバラバの高田亮師をお迎えいたしました。高田師は、もう既に数回ほど私たちの教会にお招きしていますので、ご存知の方も多いと思いますが、ヤクザからキリストに出会い、回心して、今は牧師となり、キリストに仕えておられる方です。私とは個性も賜物も経験も異なりますので、きっと違った角度から主イエスのご愛と恵みを深く語って下さるでしょう。聖霊のお働きに期待しています。

 ところで聖書にこのような御言葉が記されています。「というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。・・・キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。」Ⅱコリント5:14,15

 これは使徒パウロの言葉です。彼は、キリストに逆らい、キリスト者を迫害する者でしたが、一方的な神の恵みによって、キリストに出会い、回心しました。彼は、自分の罪深い過去を思う時にキリストの愛に圧倒されて、もはや自分のために生きるのではなく、自分のため死んでよみがえられたキリストのために生きる決心をしました。これは、パウロだけではなく、キリスト者すべてにあてはまることではないでしょうか。パウロは、ここで「私」ではなく「わたくしたち」と言っています。

 キリスト者と呼ばれる人が、自分を全く神に捧げ、聖霊に満たされ、自分のためにではなくキリストのために生きはじめるとき、神はその人を通して驚くべきことをなさるのです。あなたにもその恵みの世界を知っていただきたいのです。


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by sayama_church | 2015-07-02 21:06 | 牧師の窓 | Comments(0)
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