心の渇きを癒すもの

梅雨が明け途端に、連日の猛暑です。のどの渇きを癒すために冷たい水につい手が伸びてしまいます。のどの渇きは辛いですが、心の渇きはもっと辛いです。

主イエスが、焼きつける日差しの中に旅の疲れを覚えて井戸の傍らに腰をおろされた時のことです。人目を避けるように真昼間に水を汲みにやってきた一人の女性に語りかけました。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」ヨハネ4:14

主イエスは、彼女の心の渇きをご存知でした。肉の欲を追い求めて結婚と離婚を5度も繰り返し、今は同棲の身でしたが、心には虚しさが広がり、渇きはますます深まるばかりだったのです。

ところで、人は本質的にはこの女性と同じような生き方をしているのではないでしょうか。趣味、恋人、音楽、結婚、マイホーム、仕事、出世、お金・・・等々と次から次へと幸せを追い求めます。けれども、一つを得るとまた渇き次を追い求めます。その繰り返しです。これらのものは、それ自体は何も悪い物ではなく、神様が必要に応じてそれぞれに備えてくださいますが、神様を離れてはそれらによって心が満たされることはありません。

人は、主イエスにあって神様との交わりを持ち、神様のご愛に憩うときに初めて心に渇くことのない泉を持ちます。そして生きることを喜び、楽しむことができるのです。


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by sayama_church | 2015-07-28 22:31 | 牧師の窓 | Comments(0)
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