8月に想う

 8月は私たち日本人にとっては、平和について、戦争について考えさせられる時です。86日に広島へ、9日に長崎へ原爆が投下され多くの人が亡くなり、15日に終戦を迎えたからです。70年を経ても、その記憶を風化させまいとして、テレビも新聞も連日のように特集を組んでいます。

 私は、つくづく「強さ」とか「力」は、罪を犯すことにつながり易いと感じています。日本は強くなかったら韓半島や中国を侵略しなかっただろうし、アメリカは力があるからこそ多くの一般市民の命を奪う原爆を2発も落とし、なおかつそれを正当化しています。その後もアメリカは、世界の各地で戦争を起こしますが、ひとえに力があるからです。最近のロシアのクリミア半島併合、中国の東、南シナ海での横暴ぶりもしかりです。

 こうしたことは国と国の間のことだけではありません。社会や人間関係において同じです。人は、立場的に、経済的に、優位に立つと、自分の意志、思い、考え、利益を通すために、しばしば他者を踏みにじります。「力」とか「強さ」が悪いとは思いませんが、人間は罪びとなので、それを持つと容易に罪を犯してしまうのです。「力」「強さ」が他者に仕えるために用いられたらどんなにすばらしいことでしょう。

 私たちは、それを主イエス様の中に見いだします。そして、主イエス様に救われて、主イエス様を愛し、仕えるようになったキリスト者も、そのように生きるべきです。


「キリストは、神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、・・・」ピリピ2:6,7


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by sayama_church | 2015-08-14 17:00 | 牧師の窓 | Comments(0)
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