仕える心

 先週のサマーキャンプは、主の豊かな恵みと祝福をいただいて閉じました。主にあって共に集まることのすばらしさ、そこにおいて語られる主の御言葉に耳を傾ける幸いを改めてかみしめました。

 河村従彦先生は、説教の中でこのようなことを語られました。「主イエスは、自分を捨てて、仕えるということを通して、十字架への道を歩むことによって私たちに愛と恵みを表し、私たちを救って下さった。それゆえに神の愛と恵みを私たちが人に伝えるようとするとき、力や指導によっては伝わらず、仕えることを通してしか伝えられない。」私は、ここ最近、「仕える」と言うこと、ことに主イエスさまの仕える姿に大変心を探られ、教えられていましたので、この言葉がとても心に響きました。私に語られた主のメッセージだと思います。

 8月は、平和について考えさせられるときです。我が国は、力によって隣国をねじ伏せようとして、かえって連合国によって力でねじ伏せられた苦い経験があります。けれども、世の中、社会、国際関係の本質は、今も何ら変わるところがありません。相変わらず、力をもって我を通して、支配しようとします。私たちキリスト者も、このような世の中の空気を吸って生きているのです。

 力では人は変えられません。真の道徳的な感化を及ぶすこともできません。願わくは、私たちが「仕える」ことを通して、神の愛と恵みを世に広めることができますように。

       「イエスは、・・・たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って」ヨハネ13:3,5


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by sayama_church | 2015-08-16 20:22 | 牧師の窓 | Comments(0)
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