自分の日を数える

 年に1度、11月に狭山キリスト教会では、主にあって召された愛する方々を偲び、召天者記念礼拝をもっています。今日が、その日です。

このような時を持つことは、恐らく天国にいる方々にとっては大きな喜びでしょうが、遺された私たちにとりましてもとても意味あることだと思います。なぜなら、人には必ず死が訪れることを自覚し、それゆえにいかに生きるべきかを考える時になるからです。聖書は次のように言っています。

「それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。」詩篇90:12

自分の力で生きているのではなく生かされていること、そして人生に限りがあることを弁えることは、心に知恵をもたらすことにつながります。

ところで、先週、私はよく存じ上げているお二人の訃報に接しました。数週間前には、それぞれにお会いして、お話もしました。お二人ともご高齢でしたが、恐らく、召される日を「そのうち」「やがては」とは感じていても、「その日」とは思ってはいなかったと思います。突然やってきたのです。死が。すばらしいことは、お二人とも、召される日まで、神さまによって与えられた生を、真実に、忠実に生きられ、りっぱな証しを立てられました。

私たちにも、いつその日が来るかは分かりません。神を畏れ、真実に毎日を歩んで行きたいと願うことです。主イエスによる罪の贖いを信じて天国の希望を持ちつつ。


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by sayama_church | 2015-11-15 15:31 | 牧師の窓 | Comments(0)
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