K姉の召天

 K姉が天に召されました。主のお取り計らいとしか言いようがありませんが、私は図らずも今際の際の彼女を病室に見舞い、祈り、賛美をささげ、聖書を読む時が与えられました。そして、最後の別れをして、主に委ねることができました。召されたのは、それから程なくしてです。

私が彼女に最初に出会ったのは、今から20年以上前、狭山での開拓伝道を始めた頃でした。当時、公園で子どもたちに聖書の紙芝居をよくしていましが、ある時、そこを彼女が通り掛かったのです。それがきっかけで教会に見えるようになり、最初は永遠の求道者だと言われていましたが、2~3年後の199712月に主イエスを救い主として信じて洗礼を受けられました。

愛すべき点が沢山ありましたが、また一方でとても個性的な面もありました。そのために、何度か教会の中でも摩擦が生じて、そのために苦慮することも正直ありました。それでも教会生活を送るうちに、地域の人も驚くほどに変わってゆかれました。昨年の8月に入院されたので、時々見舞っていましたが、召される一月ほど前にもう長くはないと感じましたので、もう一度主イエスの十字架による罪の赦しと天国の希望を語ったときに、涙を流さんばかりに深く肯かれました。本当に、主を受け入れ、主にすがられました。

「主よ、あなたは確かに一人の魂をあなたの御救いに入れて下さいました。ありがとうございました。」


「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16  


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by sayama_church | 2016-02-14 20:40 | 牧師の窓 | Comments(0)
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