遠いところを見つめる

 私は、青年の頃に友人から「君は、いつも遠いところを見つめているような気がする。」と言われたことがありました。それが、どういう意味だったのかは分かりません。目先のことではなくて先のことを考えて生きている、ということだったら恰好がいいのですが、単にぼっとしているという意味だったのかもしれません。

 しかし、私はある時から天国のことを考えるようになりました。人は死んだらどうなるのだろうか。聖書は、主イエス様を信じるならば罪が赦されて、天国に行くことができると教えている。私も天国に行きたい。天国に行けなかったら、この地上で何を得たとしてもすべてが虚しいのではないか。そのように心のどこかで感じるようになりました。天国に行くこと、そして主イエス様にお会いして御前にひれ伏すこと、それを私の人生の究極的な到達点として見つめるようになったのです。

 聖書にこのような御言葉があります。「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」マタイ16:26

 まことのいのちとは、永遠のいのちです。それは神と共に生きるいのちであり、天国に通じるいのちです。

 この世がたとえどんなに魅力的な宝~地位・名誉、富・財、快楽など~を与えてくれたとしても、永遠のいのちにまさる宝はないと感じています。


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by sayama_church | 2016-07-17 20:28 | 牧師の窓 | Comments(0)
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