生きるとは

 振り返ると、私は若い頃から漠然と「生きるとは何か?」を考えていたように思います。人生の意味、目的です。私ばかりではなく、きっと多くの方が心のどこかで問い続けているテーマだと思います。

 子どもの頃にクリスチャンになりましたので、言葉としては「人生の目的は神の栄光を現すこと」と教えられ、頭では理解していました。けれども、上っ面のことでしたので心にストンと落ちてはいませんでした。それで、長年の間、生きることに

悩んだり、迷ったり、苦しんだりしていたように思います。 

 そんな私が、ある時から一つの真理に目が開かれました。そして今日さらに確信を深めていることがあります。それは、私にとって生きるとは、「キリストと共にあること」「キリストと共に生きること」であるということです。何かを成し遂げること、成功すること、功績を残すこと、人から評価されたり認められること、達成感や充実感を得ることなどが無意識の中でも私の人生の意味や目的であったときは、焦ったり、悩んだり、苦しむことが多くありました。しかし、生きることはキリストと共にあることであると分かった時に、生きることが楽になり、喜びと平安になりました。

パウロは次のように言っています。「生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現されること・・・・私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」(ピリピ12021 私も、今はっきりと言うことができます。私とって生きることはキリストであり、キリストのすばらしさを現すことであると。


[PR]
by sayama_church | 2016-07-24 20:44 | 牧師の窓 | Comments(0)
<< 2016年7月31日(日)のご案内 2016年7月24日(日)のご案内 >>