この方以外に救いはなし

 人は、死に直面するときに何を思うのでしょうか。多くの人の臨終に立ち会った人が、だいたい3つカテゴリーのどれかに属する言葉を口にすると言っていました。

 一つは、「許してください。」罪の意識を抱き、赦しを求めるのだそうです。普段は、意識の底に沈めていた罪責感が、死に臨んだ時にむき出しのありのままの自分に直面して、そうした言葉となって出て来るのかもしれません。もう一つは、「私を覚えていてください。」自分が消滅してしまうのではなく、だれかの記憶の中にでもよいから残りたい。永遠への思いです。三つ目は、「・・・しておけば、よかった。」後悔です。裏を返せば、自分の人生を意味あるもの、価値あるものにしたかった願望です。

 罪の赦し、永遠の思い、人生を意味あるものにしたい願望。これらは、国境と時代を超えて、あらゆる人が根源的に抱えている求めではないでしょうか。神を離れて本来のあるべきところから滑り落ちた人間の姿とも言えます。しかし、これらすべての求めに応えて下さる唯一の方がいます。それがイエス・キリストです。主イエス・キリストは、十字架の血潮によって私たちの罪の赦し、復活によって永遠のいのちを保証し、聖霊によって私たちの人生を確かなものにして下さるのです。私の祖母は「世話になった。」、母は「ありがとう。」と言って、家族が見守る中で召されていきました。そこを支配していたものは、平安と希望でした。

 主イエス・キリストこそが、人間を本当に救ってくださる救い主なのです。

「この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒4:11


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by sayama_church | 2017-04-24 08:10 | 牧師の窓 | Comments(0)
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