母のような神

 今日は、母の日です。母親が健在な方、召された方。母親に対して良い思い出をお持ちの方、そうではない方。色々いらっしゃると思います。

 たまたま新聞の人生相談のコーナーでこんな記事を目にしました。「父はアルコール依存症で、母は私にあたりちらし、つねられる、たたかれるが普通の幼少時でした。4歳で初めて自殺を考え、殺鼠剤を飲もうとさえしました。小さな頃からバカ、ブサイクなどと言われ続け、32歳で結婚。悩んだ末に子どもを産みました。何とか最高の母親になろうと努力して、子どもは優しい人になりましたが、ある日、母から『あなたがいい子育てをしたのは、私がいい親だったからよね。』と言われ、ショックを受けました。今更自分が受けた傷を話して老いた母を苦しめたくもないし・・・。私の人生って何だったのでしょうか?」(2017.5.13朝日新聞「悩みのるつぼ」から抜粋)心が痛む内容です。

 ところで聖書が啓示する神様は、父なる神と呼ばれますが、母親のような面も持っています。次のような御言葉があります。「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザヤ49:15

 前述の投稿者のように母親との関係で傷を持っている人もいるでしょう。しかし、神は、理想的母親のように、「あなたを忘れない。あなたをあわれむ」と言われているのです。


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by sayama_church | 2017-05-14 20:12 | 牧師の窓 | Comments(0)
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