かえっての恵み 

 先週は、日本福音同盟の総会に出席いたしました。日本福音同盟は、聖書は誤りなき神の言葉であると信じる聖書信仰を標榜する教団、教会の交わりの組織ですが、ここ最近は、日本全体の教会の教勢の鈍化、ことに地方教会の疲弊、弱体化の現状から教派、教団を越えての宣教協力が課題として意識されるようになってきました。

 宣教の困難さのゆえに、かえって異なる教派、教団の交わりや協力が深められつつあるのですから、神様のなさることは不思議です。聖書にこんな御言葉があります。「さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。」(ピリピ1:12

 ここで「私の身に起こったこと」とは、使徒パウロの投獄経験です。宣教を使命として、旅から旅をして福音を伝えていたパウロにとっては、自由を奪われたことは大きなマイナスであったはずです。ところが、このことの故に福音はローマの親衛隊全員に広まり、さらに諸教会は強められて大胆に神のことばを語るようになり、かえって宣教は進んだのです。「かえって」の恵み、奇跡です。

 私たちの人生にも、とうてい受け入れがたい心悩ます出来事が起きてくるかもしれません。しかし、そのような時でも、神様のご支配を信じて歩むならば、そのことがなければ味わえなかった恵みをきっと経験することでしょう。


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by sayama_church | 2017-06-11 20:14 | 牧師の窓 | Comments(0)
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