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こんな私だからこそ

 ちょっと気の早い話ですが、クリスマスのことです。たいていの教会では、イエス様が宿屋に受け入れられず、家畜小屋で生まれたという聖書箇所が読まれます。 ところで、白人教会と黒人教会ではここらから語られるメッセージは対照的なのだそうです。白人教会では、「イエス様は誰からも受け入れられなかったから、私たちがイエス様を心の中心にお迎えしよう」といのが典型的なメッセージです。ところが、黒人教会では「イエス様は、誰からも受け入れられない者の痛みを味わってくださった」と言うのが一般的なメッセージだそうです。なるほどと考えさせられました。語る者、聞く者の立場や経験によってこうもメッセージか変わってくるのかと。白人教会のメッセージも素晴らしいですが、黒人教会のメッセージには、差別される側に立ち、その痛みを知っているからこそ生まれる福音の豊かさを感じます。
 私たちは、いろいろな経験をします。様々な痛みの中を通ります。能力も環境も立場も生まれも異なります。ときに不条理と不公平に悩みます。なぜ、神様はこんなことを許されるのかと。でも、主のもとに来る時に、主にあっては何一つ無駄にはならず、すべては益とされていることを経験するのではないしょうか。ちょうど痛みを知った黒人が痛みの中にある人を慰めることができるように。
 こんな私だからこそ、むしろ神様は用いてくださるのではないでしょうか。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
                           ローマ8:28

by sayama_church | 2006-11-06 00:06 | 牧師の窓 | Comments(1)
Commented by at 2006-11-06 20:25 x
私は黒人の教会で語られるメッセージの方が胸に落ちます。ともあれ、聖書は、全世界の全人類に向けて語られているので、いろいろな語りかけがあってよしとしなくちゃですね。
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