2017年 08月 13日 ( 1 )

平和

8月になると「平和」という言葉が新聞の紙面を賑わします。815日が終戦記念日だからでしょう。だれもがもう戦争のない「平和」を願っています。殊に今の緊迫した日本を含む東アジア情勢を考えると切実です。

 ところで主イエス・キリストはこのように言われました。「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5:9

 主イエスは、ここで「平和をつくる者は」と言われました。残念ながら「平和を願う人」「平和を求める人」「平和を語る人」は多くいても、「平和をつくる人」は、まれです。

どこに問題があるのでしょうか。何が問題なのでしょうか。聖書は、問題は人間の心の中にあると言っています。自分の利益、立場だけを主張する自己中心が原因であると。もっと率直に言うならば、すべての争いの原因は人間の罪なのだと。

 条約も交渉も平和運動も大切です。そのための話し合い、会議も必要でしょう。しかし、源泉が清くならなければ、いくら川の途中に薬を流しても水は清くならないように、人間の心が変わらなければ、社会も国家も世界も変わりません。教会は、遠回りに見えても人間の罪の現実に光を当て、そこからの救いの道を伝えるイエス・キリストの十字架の福音を伝えつづけなければならないのです。


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by sayama_church | 2017-08-13 19:46 | 牧師の窓 | Comments(0)