2017年 10月 08日 ( 1 )

神を畏れる 

私はつい最近あることを通して、人は神の前にある存在なのだということ強く意識させられました。悲しいことに私たちはほとんどの場合、神の前に立つ自分を意識することはなく、人の目ばかりを意識して生きています。人にどのように思われるだろうか。どのように見えるだろうか。どのように評価されるだろうか。そうしたことばかりが私たちの歩みの根幹になってはいないでしょうか。

 聖書を読むときに、人の目以上に、神の目を意識した人が出てきます。彼らは、決して完全な者ではなく、弱さを持ち、失敗をしています。しかし、それでも神の前に立つ自分を意識します。と言うよりも、神の前に立つ自分を意識する恵みを神によって与えられたと言う方が正確なのかもしれません。神の前に立つ自分を意識することが神を畏れることです。

 ダビデはこのように祈りました。「私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。」詩篇19:14

 ダビデも神を畏れる一人でした。人の口のことば、心の思いには、しばしば傲慢が紛れ込み、一見正しく見える私たちの行いの根には自分本位の心が隠れていることがあります。私たちには、やがて否応なく神の前に立ち、申し開きをしなければならないときが来ます。願わくは、日々神を畏れ、主イエスにあって歩みたいと祈らされることです。


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by sayama_church | 2017-10-08 21:46 | 牧師の窓 | Comments(0)