<   2006年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

韓国教会を訪ねて②


 先週に続いて、韓国教会を訪問してのことを記したいと思います。
 私たちは、堤岩教会を訪ねました。この教会は、とても大きな歴史的な傷跡を持つ教会でした。日本の植民地支配のとき、日本軍は独立運動に加担する人たちを撲滅するために、村人の大人の男性をこの教会の中に集合させ、外から戸を打ち付けて逃げられないようにして、火を放って殺害しました。中に閉じ込められた夫を助け出そうと燃え盛る火炎に泣き叫びながら近づく婦人を捕らえて、手足をバラバラにして殺害したとさえ言われています。
 戦後、日本の尾山令仁牧師がこの事実を知り、心を痛め、謝罪運動を起こし、日本の教会から献金を集め、三分の二を日本の教会、三分の一を韓国の教会が負担して再建しました。最近、老朽化のために、建て替えられたそうですが、記念ホールにはそうした事実が残されていました。日本から献金された方のリストもありましたが、私たちの知る本田弘慈師や羽鳥明師の名も連なっていました。
 韓国に行って気がつくことは、私たちが考える以上に、過去に日本から受けた歴史的な痛みが大きいことです。それは、日本にいては分からないことです。独立記念会館にも足を運びましたが、そこには日本の植民地時代の悲しく、残虐な出来事が語られています。幾分なまりのある日本語で案内して下さった韓国人女性ガイドの方が言われたことが心に残りました。「私たちが、このような展示をするのは反日感情を煽るためではありません。歴史に目を向け、未来に向けてより良い関係を築くためなのです。」相手の立場に立つことは、大切なことです。
  「キリストこそ私たちの平和であり、・・」 エペソ2:14
                                          (2006.8.20)
[PR]
by sayama_church | 2006-08-27 21:36 | 牧師の窓 | Comments(2)

韓国教会を訪ねて


 韓国旅行から無事に帰ってきました。飛行機でおよそ2時間、本当に近い国だと感じました。
今は悲しいことですが、日韓関係は竹島問題や靖国神社参拝問題で冷えていると言われています。けれども、訪問する先々の教会で、私たちは本当に温かい、心のこもった歓待を受けました。キリストにあって本当に愛し、受け入れて下さいました。
 ある教会では、私たちは壇上に上り、賛美や挨拶の後に、正座して日本の過ちをお詫びしました。すると会衆は立ち上がり、両手を広げて、祝福と歓迎の賛美を歌って下さいました。そして何人もの人が近づき、手を差し出し、抱きしめ、目に涙をためながら「イエス・キリストにあって愛します。」と語って下さいました。
 ある教会の牧師夫妻は、私たちを車に乗せ、ソウルの観光案内をして下さいました。昔の宮殿跡を見学して待ち合わせの場所に行くとその先生の車はありませんでした。しばらくして戻ってこられると、私たちが疲れているだろうと思い、わざわざ市場にスイカを買いに行かれ、食べやすいように切って持ってきてくださったのです。この先生の教会は小さく、会堂返済のためにとても苦しんでいることを聞いていましたのでその真心に心打たれました。
 先月私たちの教会に来て下さった仁川永泉教会では感激の再会でした。ホームステイ先には私たちの家族の写真も貼ってありました。夜遅くまで語り合いながら、ご主人は言われました。私たちがこんなに親しくできるのは、ただキリストにあるからです。キリストにあることはすばらしいことです。
 「あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。」ガラテヤ3:28
  
 (2006.8.13)
[PR]
by sayama_church | 2006-08-18 22:10 | 牧師の窓 | Comments(1)

罪の増し加わるところ



 毎朝、聖書を通読しています。昨日は創世記30章を読みました。ここにはこんなことが書いてありました。
 ラケルは、自分が子どもを生んでいないことについて姉を嫉妬します。そして、夫ヤコブを責めました。夫にあたっても仕方がないことなのに、夫に不満をぶっつけたのです。ラケルのわがまま、人格的な未熟さを見るようです。
 一方、ヤコブはラケルの心の痛みに気がつきません。それで彼女の心に寄り添うことをしません。むしろ彼は、怒りを燃やし、「私が神に代わることができようか。」と言い放ちます。ヤコブの言うことは、正論でした。正論ですが、それはラケルの傷ついた心を癒し、慰めるどころか塩を塗るようなものでした。ヤコブの他者を思いやれない人格的な未熟さが出ています。読みながら、何となく、自分の妻に対する姿と重なってしまいました。
 このラケルの出来事は、ついには姉妹ともに夫にそばめを与えるという、醜い争いとなります。ところが、私はとても不思議に感じたのです。ヤコブ家のこの醜い罪の出来事、この中からイスラエルの12部族が誕生したのです。恵みの逆転です。
 キリストの十字架もそうでした。祭司長たちのイエスへの妬みなど人間の醜い罪がイエスを十字架につけました。ところが人間の罪が満ち、勝利したように見えたところが、逆に神の恵みの働く場所となったのです。もし、罪と罪の結果に悲しむ人がいましたら、そこが神の恵みの働く場所となることを知っていただきたいのです。

「しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ち溢れました。」 ローマ5:20
 
                               (2006.8.6)
[PR]
by sayama_church | 2006-08-14 09:25 | 牧師の窓 | Comments(1)

神の力によって


 ここ数年、韓国人宣教師とお会いする機会が多くなりました。以前は宣教師というと、欧米の方をイメージしたものですが、近年は韓国人の方も多いようです。彼らは、大概は開拓伝道をしています。日本人とほとんど容姿が同じ彼らが、不自由な日本語で日本人に伝道している姿を考えると何とも言えない気持ちになります。
 先日、東久留米で伝道している韓国人宣教師に会いました。韓国人宣教師の中には、とてもスマートで、日本人にすぐに溶け込み、受け入れられそうな雰囲気の方もおられますが、幾分無骨な感じの方もおられます。この方は、典型的な後者の人でした。それで少し日本人の心を捉えるのにご苦労されているようでした。
 ところが、彼はこんな話をされました。彼は、韓国で農村伝道をしていたそうです。赴任した教会は、わずか17名のメンバー。しかも借金を抱えた教会でした。そこで彼は、毎晩9時から生ける神を求めて祈り始めたそうです。また、教会建設は大きな建物を建てることではなく、神と共に歩む霊的に自立したクリスチャンを生み出すことだと確信し、そのように忠実に奉仕をされました。神様は働いて下さり、リバイバルが起こりました。教会は8年で120名に成長。また世界宣教のヴィジョンが与えられて、教会会計の60%は世界宣教に捧げられたそうです。あの時の経験があるから、今も宣教師としてやっていけると彼は言っていました。流暢な日本語とは言えませんでしたが、それは私の心に響くものがありました。

   「神によって私たちは力ある働きをします。」詩篇60:12
 

                     (2006.7.30)
[PR]
by sayama_church | 2006-08-05 11:06 | 牧師の窓 | Comments(0)