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CSカンファレンスに参加して②

 先週に続いて、11月2日~4日のCS教師カンファレンスの報告をさせていただきます。今回はカンファレンスに参加した4つの教会を紹介いたします。
  
 みどりの教会/青年、お友達のための専門のユースパスターがいます。そしてお友だちに福音を伝え、救いに導き、主の働き人として育て、世界に遣わすという非常に明快な理念をもっています。チャーチスクールも開いています。印象に残ったことは、小学高学年になると、スタッフとして訓練して、奉仕者として用いていることです。
 恵泉キリスト教会関宿チャペル/この教会は私たちと同じぐらいの規模の教会で、月に2回、未就園児のための親子クラスを開いています。子どもと共に母親も充分楽しめるようなゲームや踊り、歌などをした後、聖書のお話、教会員の奉仕による手作りの昼食、そして食後は輪になって子育ての勉強会をするそうです。口コミで広がり、毎回多くの親子が楽しみに集まります。
 吹田聖書福音教会/教会学校を≪こひつじ≫と呼んでいます。校長先生は信徒の方。彼が、こひつじの働きの全責任を担っています。面白いのは、毎回の聖句暗唱にジェスチャーを使っていることです。とにかく教会学校は楽しくなければならないそうです。スタッフも若い方から60~70代の年配者まで幅広く30名ほどいます。
 本郷台キリスト教会/専門のユースパスタ-がいます。そしてユースのユースによるユースのための礼拝があります。驚くことは教会のなかに中高生のための部活動や委員会があったり、劇団、サッカーチーム、野球チームもあることです。

 いずれの教会もできる所から工夫と努力をしていました。さて、私たちも!
「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。」マルコ10:14
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by sayama_church | 2006-11-23 23:39 | 牧師の窓 | Comments(2)

CSカンファレンスに参加して

 先々週、軽井沢で開かれたCS教師カンファレンスに参加し、改めてCSの働きについて考えさせられました。
 私が子どもの頃は、教会は子どもで一杯でした。私が通っていた教会は、夏になると観光バスを2台ほど連ねてキャンプに出かけ、クリスマスには公会堂を借りてお祝いをしていました。それほど子どもたちが多かったのです。ところがいつの頃からか、どこの教会でも子どもの数が減ってきました。今では、全国のおよそ半数近くの教会がCSをしていません。している教会でも、その平均の子どもの人数は、7~8名だそうです。
 もう随分以前の話しですが、ある外国の方がこんなことを言っていました。
「教会学校の人数が減っているのは日本だけではなく世界的な傾向です。アニメや漫画、テレビなどを通して発せられるメッセージ、文化が子どもの心を荒ませる悪いものになっています。そして、それと歩調を合せるかのように教会学校から子どもが減っています。」真偽は分かりませんが、少なくとも子どもを取り巻く環境が悪くなっているのは間違いないでしょう。いじめの問題は社会問題化しています。
 教会は、子どもの心に届く、魂に触れる働きをしたいものです。子ども、青年の魂がキリストの愛に溶かされ、新しく生まれ変わるのを見たいのです。そして、子ども、青年を、育んでいる家庭が新しくされることを祈り求めましょう。それこそ、日本が変わる道ではないでしょうか。
「主に向かって手を差し上げ、あなたの幼子のために祈れ。彼らは、あらゆる街頭で、飢えのために弱り果てている。」 哀歌2:19

 
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by sayama_church | 2006-11-17 22:10 | 牧師の窓 | Comments(1)

平和のきずなで

 先週少し風邪を引いてしまい、何となく息苦しく、辛いときがありました。私は、体の不調を感じて、苦しくなると、どうしてか一人の友人を思い出します。
 彼は、幼なじみで、お互いに性格も知り尽くし、大学も同じでした。特別にうまが合ったわけではありませんし、性格も考え方もだいぶ違いました。けれどもやはり竹馬の友でした。いつも一緒に過ごしていました。彼は、私より早く献身して、一足先に牧師になりました。しかし、私が牧師になって2年後に、彼は、教会まるごとで日本宣教会を離脱してしまいました。そのことのゆえに、傷ついた人、彼を批判する人が多くいると思います。
 私は、幼い頃からいつも彼と一緒で、彼がどのような環境で育ったか、彼の性格、個性、彼の良いところも悪いところもよく知っています。それで正直に言って、彼を批判する気持ちにはなれません。なぜ、彼が離脱したか、どうしてあのような行動を取ったか、分かるような気がいたします。彼は、少年の頃からいつも何らかの病気で苦しんでいました。思春期は関節痛、青年時代は膠原病、近年は、白血病になられたと聞きました。それで、病気で苦しむと、彼のことを思い出すのです。
 やがて主にある者は、皆、神の国に入ります。そのとき、立場や考え方、教派や教団の違いなどなく、主にあって皆が一つであることが分かります。そうならば、この地上にあっても、主にあるものは、肉による弱さを乗り越えて、何のわだかまりもなく、心から一つになりたいと思うのです。 
 「平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい」 エペソ4:3
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by sayama_church | 2006-11-07 01:21 | 牧師の窓 | Comments(0)

こんな私だからこそ

 ちょっと気の早い話ですが、クリスマスのことです。たいていの教会では、イエス様が宿屋に受け入れられず、家畜小屋で生まれたという聖書箇所が読まれます。 ところで、白人教会と黒人教会ではここらから語られるメッセージは対照的なのだそうです。白人教会では、「イエス様は誰からも受け入れられなかったから、私たちがイエス様を心の中心にお迎えしよう」といのが典型的なメッセージです。ところが、黒人教会では「イエス様は、誰からも受け入れられない者の痛みを味わってくださった」と言うのが一般的なメッセージだそうです。なるほどと考えさせられました。語る者、聞く者の立場や経験によってこうもメッセージか変わってくるのかと。白人教会のメッセージも素晴らしいですが、黒人教会のメッセージには、差別される側に立ち、その痛みを知っているからこそ生まれる福音の豊かさを感じます。
 私たちは、いろいろな経験をします。様々な痛みの中を通ります。能力も環境も立場も生まれも異なります。ときに不条理と不公平に悩みます。なぜ、神様はこんなことを許されるのかと。でも、主のもとに来る時に、主にあっては何一つ無駄にはならず、すべては益とされていることを経験するのではないしょうか。ちょうど痛みを知った黒人が痛みの中にある人を慰めることができるように。
 こんな私だからこそ、むしろ神様は用いてくださるのではないでしょうか。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
                           ローマ8:28

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by sayama_church | 2006-11-06 00:06 | 牧師の窓 | Comments(1)