<   2007年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

牧師研修会

 先週は、年に一回もたれる、日本宣教会の牧師研修会に行きました。講師に来て下さったのは、山形県の大江町で長いこと伝道されてきた大内秀子先生でした。31歳のときに、もう一人の婦人伝道者と二人で遣わされ、29年間、人口1万人にも満たない町で、主に身を捧げて、たんたんと神と人に仕えられた方です。田舎で、しかも独身で、ずっと主に仕えられたという事実だけで、私は感銘を受けてしまいました。
 地方は、仏教や古い因習が強く、そこで伝道をしていくことは大変であったと思います。先生方は、赴任されてまず隣組に入られたそうです。私たちの自治会にあたるのでしょうが、それよりももっと密なかかわりのようです。葬儀になると隣組の総出となります。もちろん、仏式の葬儀でしょう。そこで裏方の食事作りなどを手伝いながら、地域に溶け込んでいかれたそうです。
 写真を見せていただきましたが、今は畑に囲まれた300坪ほどの土地に、明るく柔らかい感じの素敵な会堂と、隣には保育園が建っています。多くの方々が礼拝に集われています。地方ではお墓は大きな問題ですので、りっぱな教会墓地もあります。
 私は、真実に主に身を捧げ神と人に仕えていくときに、主が救われるべき人を送って下さり、教会は建っていくのだということを教えられました。教会(建物の意味ではありません。キリストの体としての教会です。)を建てて下さるのは主です。私達は、主に身を捧げ主の導きに従うのみです。主はこの狭山の地にもどんな教会を建ててくださるのでしょうか。楽しみです。
 「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」 マタイ16:18
[PR]
by sayama_church | 2007-11-27 11:03 | 牧師の窓 | Comments(1)

すべてのことを益に

 月に一度お邪魔している川越キングスガーデンでのことです。礼拝の後、一人のご婦人が「お祈りをしてほしい。」と求められました。そばに行くと、彼女はまずこのように言われました。「私は、子どもの頃から教会に通っています。若い頃は、山登りもしたものです。でも、今は膝が痛く、車椅子になってしまいました。これといって悪いことをしてきたとは思わないのですが・・・。」
 車椅子の前には、使い古した聖書がテーブルに開いてありました。上品でしっかりした感じの方で、純粋に自分はどうしてこのような体になったのだろうか、何か気づいていない罪があるのだろうかと案じているようでした。
 そこで、私はローマ8:28~29を開き、一緒に読みました。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。なぜならば、神はあらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。」そして、このように申しました。「あなたが何か罪を犯したからではありません。神様は、すべてのことを益に変えてくださいます。そして、私たちを主イエス様に似たものにして下さるのです。」すると彼女は「希望がありますね。」とニッコリとされました。
 さて、私たちの人生にも、もしかしたら「どうして?」と思うことがあるのではないでしょうか。しかし、主イエスにあるとき、失望することは何もありません。神はすべてを益に変えてくださるのです。必ずそうして下さいます。そして、そうしたところを通らなければ知らなかった神の恵みを経験し、私たちをしてキリストの心を持つ人に形作って下さるのです。
[PR]
by sayama_church | 2007-11-24 23:04 | 牧師の窓 | Comments(0)

愛される人から愛する人に

 先日、こんな文章を目にしました。「私が強いとき、人に愛されるということを大切にしていました。だから、他人から冷たくされると、その人に憎しみを持ち、非難をして心を暗くし、生きることに疲れていました。病が重くなり、弱さを持つようになってから、人を愛そうと思うようになりました。不思議なことに、それからの私は、明るい笑顔が増えてきました。そして愛されることより、愛することが人間の一番の幸せということを知りました。」本当にそうだなと思います。愛することは幸せなことです。
 私は、親になったとき、あることが分かりました。子どもの頃、父親は時々アイスクリームやお菓子を買ったくれましたが、自分の分を買ったり、食べたりすることはありませんでした。それで子どものときはずっとこう思っていました。大人は、お菓子やアイスクリームは食べないものだと。今はよく分かります。子どものために自分は倹約していたのです。
 愛するということはすばらしいことです。でも真実に愛するならば、犠牲を払わなければならないでしょう。犠牲を払わない愛などないでしょう。けれどもその犠牲は、苦痛ではなく喜びです。
 ところで、私たちは神に愛されていることを喜び、感謝していますが、主キリストをどれだけ愛しているでしょうか。もし、主キリストを愛しているのならば、私たちはこの招きにどのように応えますか。
 「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」 マタイ16:24
[PR]
by sayama_church | 2007-11-11 22:23 | 牧師の窓 | Comments(0)

悲しみが希望に

 人生には、どうして困難や苦しみ、そして悲しみがあるのでしょうか。なぜ、忍耐を要するところを通るのでしょうか。
 一つはっきりしていることがあります。それは、キリストは苦しみと悲しみの人、忍耐の人だったことです。聖書にはこうあります。「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。・・・彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。」 イザヤ53:3・4 「どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように。」 Ⅱテサロニケ3:5
 キリストほど、悲しみと忍耐の人はいませんでした。涙の中を通られた方はいませんでした。この事実は、何を意味するのでしょうか。キリストがそうであったならば、苦しみの経験は、私たちの内なる人をキリストに似たものに訓練するのではないでしょうか。私たちの涙は、キリストに深く出会い、キリストの慰めを経験する恵みに逆転するのではないでしょうか。悲しみと涙は、キリストにあっては祝福と変えられるのではないでしょうか。
 旧約聖書の伝道者の書もこう言っています。「悲しみは笑いにまさる。顔の曇りによって心は良くなる。」 伝道者の書7:3
 先週は、私たち夫婦にとりましては少なからず心を重たくするようなことがありました。けれども、すべてをお知りになられている主におゆだねさせていただきたいと思います。すべてを最善に、そして希望へと変えてくださる主がいらっしゃるのですから。
[PR]
by sayama_church | 2007-11-06 23:51 | 牧師の窓 | Comments(0)

秋のチャペルコンサートのお知らせ

 11月11日に、牧師でありサックス奏者でもある村松勝三師をお迎えして、チャペルコンサートを開きます。どうぞお越し下さい。

秋のチャペルコンサート 〜サックスホーン〜

11月11日(日)午後4:00〜5:30
【入場無料】

村松勝三プロフィール
 日本同盟教団牧師として、カナダバンクーバー日系人教会、国際飢餓対策機構を歴任後現在バンクーバー日本語集会牧師。サキソホンを、宮島基栄氏(当時東京芸大講師)に師事、現在バンクーバー市民オーケストラのアルトサックス奏者として活動している(20年間)。
f0088629_0373428.jpg

[PR]
by sayama_church | 2007-11-04 00:59 | 特別行事 | Comments(0)

狭山キリスト教会へのアクセス

f0088629_0241591.jpg日本宣教会
狭山キリスト教会

address:
 〒350-1317
 狭山市水野829-21
tel:
 04(2956)5973
e-mail:
 wjddp344(at)ybb.ne.jp
 ※(at)を@マークに置き換えてください。

[地図をクリックすると大きい画像が表示されます]

◆西武新宿線入曽駅から徒歩15分。
◆日曜日には、教会の送迎車が武蔵藤沢駅10:00am、
 入曽駅東口10:15amに出ます。
◆お車でお越しの方は、教会裏に広い駐車場がございます。
 

[PR]
by sayama_church | 2007-11-04 00:29 | アクセス | Comments(0)