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教会会議

 この1月は、私たちの教会では毎週のように礼拝後に会議をもっています。先々週は責任役員会、先週は世話役会、今日は各部会ごとに新年度の活動計画を話し合います。
 私の育った教会は、100人程の決して小さくはない教会でしたが、基本的にこのような話し合いはしませんでした。私の恩師のN師は、皆で話し合って物事を決めることを好みませんでした。むしろ、ご自分が神様からいただいたことを皆に伝えると言うスタイルでした。
 私は、伝道者としてはN師の最後の弟子であり、また幼い時からご薫陶をいただいた者ですが、その私が全く違う教会形成をしていることに、天国のN師も微笑んでいる事と思います。
 皆で相談して物事を決めていくということは、一人の指導者の声を聞いてそれをそのまま行うことよりも、キリスト者としての成熟が求められます。自立した信仰、異なった意見や考え方に耳を傾ける懐の深さ、全体を見るバランス感覚、自分の意見を押し通そうとするのではなく神の御心を探ろうとする霊的な成熟、感情に流されない慎みと忍耐等々。
 初代教会から教会会議は大切にされてきました。私たちの教会では、これから益々重要さを増してくるでしょう。教会の会議は、一般の会議とは異なり、言いたいことを言い合うものではありません。お互いの心に働く御霊の声を聞いて神の御心を確認するためのものです。そのことを弁え、私たちは益々成熟に向かって進みたいものです。 「私たちは、キリストについて初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか。」 ヘブル6:1
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by sayama_church | 2008-01-27 21:57 | 牧師の窓 | Comments(0)

平和を求める祈り

 こんな祈りに出会いました。ご存知でしょうか。「主よ、私をあなたの平和の道具としてください。憎しみのあるところに愛の種をまき、不和のあるところに調和を、侮辱のあるところに赦しを、誤りのあるところに真実を、疑いのあるところに信仰を、絶望のあるところに光を、悲しみのあるところに喜びを、育てる者としてください。聖なる主よ、どうか私が慰められるよりも慰めることを、理解されるよりも理解することを、愛されるよりも愛することを、求めますように。なぜなら私たちは自分に死ぬことにおいていのちを与えられ、自分を忘れることにおいて自分を発見し、赦すことにおいて赦され、自分を明け渡すことにおいて永遠のいのちへと導かれるからです。」(アッシジのフランチェスコ~平和を求める祈り)
 この世界を見渡すときに、あらゆるところに争いを目にします。国々や社会のいたるところで、家庭に、そして私たちの心の中にも。争いと不和、そして闇。すべては、自分を中心とする心、自分を義とする心、言うなれば自分を神の立場に置くことから出ています。
 フッと考えてみると、主イエスはこの祈りのように生きられました。実にその通りに。私たちの罪のために死んでよみがえられたイエスを、救い主として、主としてあなたの心の真ん中に向かえてみてください。すると、心の中からこの祈りが生まれ、この祈りのように生きるように変えられていくのではないでしょうか。主イエスによって。
 「栄光から栄光へと主と同じかたちに姿を変えられていきます。」Ⅱコリント3:18
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by sayama_church | 2008-01-21 20:32 | 牧師の窓 | Comments(0)

神の恵みの御手

 私たちの教会は、現在、宗教法人化の手続きを進めています。教会が永続して活動、成長していくためには、法人化は避けては通れないことと考え、数年前から取り組んでいます。
 ところが、昨年の8月5日のこのコラムで、事実上法人化への道が閉ざされたように思える難題が持ち上がったことを書きました。私たちの教会堂が【専用住宅】として建てられたことが分かり、宗教法人の認証を受けるためには、用途を【教会併用住宅】に変更しなければならないことになり、そのためには建築基準法に照らして、現在の教会堂をかなり改築しなければならない可能性がでてきたのです。そのときのコラムを読み返してみると、カウマン著「荒野の泉」の中の「しかし閉ざされた戸の先に、神が閉ざされずにおきたもうた一つの戸があることを信ずべきである。」という一節が引用され、「これから主がどのように道を開いてくださるかわかりません。・・・けれども、主が、私たちのために道を用意しておられることを信じたいと思います。」と結ばれていました。
 さて、感謝の報告をさせていただきたいと思います。今週の9日水曜日に、狭山市役所より専用住宅から教会併用住宅への建物の用途変更許可が下りました。しかも、建物の改築は全く必要ありませんでした。主の御手が置かれていることを感じます。順調に行けば、年内には宗教法人の認証を受けられる見通しです。引き続きお祈り下さい。
 「彼の神の恵みの御手が確かに彼の上にあった。」 エズラ7:9
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by sayama_church | 2008-01-13 22:43 | 牧師の窓 | Comments(0)

深い悲しみ

 こんな詩をご存知でしょうか。
     大事をなそうとして力を与えてほしいと神に求めたのに
     慎み深く従順であるようにと弱さを授かった
     より偉大なことができるようにと健康をもとめたのに
     より良きことができるようにと病弱を与えられた
     幸せになろうとして富を求めたのに
     賢明であるようにと貧困を授かった
     世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに
     神の前にひざまずくようにと弱さを授かった
     求めたものは一つとして与えられなかったが
     願いはすべて聞きろどけられた
     神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
     心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
     私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ
      (ニューヨーク・リハビリセンター研究所の壁に書かれた一患者の詩)
 先日、私たちは愛するM兄を天に送りました。ご家族にとっても、教会にとっても、そして私にとっても大きな喪失感を感じています。先の詩人のように、私たちの意とするところではありません。深い悲しみを覚えます。しかし、主はこのことを祝福に変えて下さることも信じられるのです。
 「あなたは私のために、嘆きを踊りに変えてくださいました」 詩篇30:10
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by sayama_church | 2008-01-06 23:09 | 牧師の窓 | Comments(0)