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牧師さん

 私は生まれたときから教会に通っています。と言うより、教会の子として生まれました。小さいときは、「よっちゃん」と呼ばれ、大学生のころになると「嘉嗣兄弟」と改まって呼ばれるようになりました。もちろん、教会の中での話ですが。ところが、神学校を卒業して教会に赴任してとたんに、「嘉嗣先生」と呼ばれるようになってしまいました。
 最初のころは、そう呼ばれることに何となく違和感を覚えたものでしたが、だんだんと慣れてしまいました。けれども、ときどき何となく心が重たくなることがあります。例えば、礼拝で司会者が「愛する先生と兄弟姉妹が共に集まり・・・・」のようにお祈りされるときは特にそうです。そんなとき、思わず心の中でつぶやいてしまいます。「ああ、私も主の前では、皆さんと同じ兄弟姉妹なのだけれども・・」
 アメリカでは、親しみを込めてファーストネームで呼んだり、せいぜいミスターをつけるぐらいではと思うのですが、日本や韓国のような儒教的文化の影響のある国では仕方のないことなのでしょうか。けれども、聖書の光から言うならば、やはり牧師も主の前には兄弟姉妹の中の一人です。聖書にはこうあります。「あなたがたは先生と呼ばれてはいけません。あなたがたの教師はただひとりしかなく、あなたがたはみな兄弟だからです。」(マタイ23:8) 
 私のような者を「先生」と呼んでいただけることは大変ありがたいことです。でも「小坂牧師」あるいは「牧師さん」と言っていただけたら本当に感謝です。 
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by sayama_church | 2009-03-29 19:51 | 牧師の窓 | Comments(0)

3月29日(日)のご案内

◆  主日礼拝  午前10:30~11:45 
  
      説教 : 闇の中に光が  創世記37:12~36

                                    小坂 嘉嗣牧師

   ・並行して子どもチャペルがあります。どうぞお子様連れでもご安心して
    お出かけ下さい。
  
      
◆  夕 拝  午後6:30~7:10    
   
      説教 :  「道、真理、いのち」 ヨハネの福音書14:4~11
                                    
                                    小坂 嘉嗣牧師
 
    
            *************** 
                               

   ・ 教会は、どなたでも(クリスチャンでない方でも)おいでいただける
     ところです。信仰を強制されることは一切ありません。
   ・ 礼拝の中で席上の献金のときがありますが、あくまで自由献金です。
   ・ 賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。
   ・ 一週の最初を礼拝で始めることは、必ず祝福となります。
     
      どうぞお気軽にお出かけください。
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by sayama_church | 2009-03-27 16:28 | 今週/来週の案内 | Comments(0)

痛みを知る人

 何かで落ち込んだり、悩んだりするとき、だれかに相談したい、話を聞いてもらいたいと思ったりすることはないでしょうか。

 ある方からこんな話を聞きました。「ラジオに人生相談の番組があり、仕事をしながら聴いていると、ときどき相談者が相談をしたものの当てが外れたとばかりに、だんだんと声のトーンが落ちていくことがあるのです。そんな時、ラジオを聴いていると自分も、当たり前だと感じるのです。答者のことば尻には愛がないのです。頭だけで答えているのです。」彼は言いました。「相談者の痛みが分かっていないのです。」

 なるほどと、人から相談を受けることの多い私も、他人事ではなく、自分への戒めとして考えさせられたことです。

 ところで、主イエスについて聖書は次ぎのように語っています。
「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」(ヘブル4:15-16)「キリストは、人としてこの世におられたとき、・・・大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、・・・キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び・・・」(ヘブル5:7-8) 
 
 主イエスほど苦しみと悲しみの人はいませんでした。だからこそ、主イエスに祈るとき、不思議な慰めと平安に満たされるのです。彼は人の痛みを知る愛のお方です。
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by sayama_church | 2009-03-22 20:04 | 牧師の窓 | Comments(0)

3月22日(日)のご案内

◆  主日礼拝  午前10:30~11:45   
  
      説教 : 夢見る者  創世記37:1~11

                                    小坂 嘉嗣牧師

   ・並行して子どもチャペルがあります。どうぞお子様連れでもご安心して
    お出かけ下さい。
  
   ・礼拝後には、青年会、女性の会、男性の会・・・などいくつかのグループ
    に分かれて、お食事をともにしての楽しい交わりの会もあります。
    参加費(昼食代)は、大人300円、小人100円です。
    明日のメニューはチキンカレー?

   
◆  夕 拝  午後6:30~7:10    
   
      説教 :  「不安を乗り越える道」 ヨハネの福音書14:1~3
                                    
                                    小坂 嘉嗣牧師
 
    
            *************** 
                               

   ・ 教会は、どなたでも(クリスチャンでない方でも)おいでいただける
     ところです。信仰を強制されることは一切ありません。
   ・ 礼拝の中で席上の献金のときがありますが、あくまで自由献金です。
   ・ 賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。
   ・ 一週の最初を礼拝で始めることは、必ず祝福となります。
     どうぞお気軽にお出かけください。
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by sayama_church | 2009-03-21 12:29 | 今週/来週の案内 | Comments(0)

仕える者 

 今は主イエスの十字架を思う受難節です。あらためて、主イエスが私たちのためにご自分のいのちを与えて下さったことに思いをはせることです。
 主イエスは、エルサレムへの途上に12弟子にこう言われました。「さあ、これから、わたくしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは、人の子を死刑に定め、そして、異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日の後に、よみがえります。」(マルコ10:33,34) ところがこのような主イエスの言葉の後の弟子たちの言動には驚かされます。ヤコブとヨハネは、主イエスが栄光の座に着かれたあかつきには右大臣、左大臣にして下さいと頼み込みます。このことを知った他の弟子は、ひどく腹を立てます。何と、主イエスが全人類の罪の身代わりとなってご自分を捧げようとされるときに、彼らの頭にあったのは自分の立場、面子、栄誉、出世のことだけだったのです。
 けれども、この弟子たちの姿を笑うことができるでしょうか。私たちに重なる面がないでしょうか。主イエスは言われます。「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための購いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」マルコ10:43-45 
 「主よ、あなたの心を与えて下さい。」と祈るべきではないでしょうか。
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by sayama_church | 2009-03-16 14:59 | 牧師の窓 | Comments(0)

3月15日(日)のご案内

◆ ウェルカム礼拝  午前10:30~11:45

      聖書のお話: あなたには欠けたことが一つあります。
                           マルコの福音書10章13節~21節 
                    
                                     小坂嘉嗣牧師

      初めておいでになられる方々を心から歓迎します。
      分かりやすい聖書のお話です。
      ぜひ、一度お出かけください。

◆ 夕  拝  午後6:30~7:10 
     
      聖書のお話: 主よ。どこにおいでになられるのですか。  ヨハネ13:36~38
                   
                                     小坂嘉嗣牧師

      教会は、どなたでも(クリスチャンでない方でも)おいでいただける
      ところです。信仰を強制されることは一切ありません。礼拝の中に
      席上の献金のときがありますが、あくまで自由献金です。
      賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。
      一週の最初を礼拝で始めることは、必ず祝福となります。
      どうぞお気軽にお出かけください。
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by sayama_church | 2009-03-14 13:34 | 今週/来週の案内 | Comments(0)

ためしてみよ

 今は、大変な不況な時代です。主が、私たちの心とともに経済的必要も十分に満たしてくださるように心からお祈りいたします。
 先日、百万人の福音3月号を読んでいたらこんなお証が載っていました。Nさんのご主人はアルコール依存症でした。酔えば暴力を振るい、生活費は酒代に消えていきました。ところが父親のように慕っていた牧師は、あるときこのように言われたのです。「神さまにいただいた十分の一を返さないから、生活費の十分の九も足りなくなるのですよ。」それからNさんは十分の一をささげるようになりました。そうしたら本当に今まで足りなかった生活費も与えられるようになったのです。ある時、ニットの洋服がはやり、どうしてもほしくなりました。ところが、そのためには献金の分を使わなければなりません。Nさんは断腸の思いでニットの服をあきらめ、献金しました。すると、すぐ後で夫の社長夫人から「よかったら着てちょうだい」と青いニットの上下の服がプレゼントされたのです。「もう、ぞっとしました。神さまに従うと、いつでも神さまは本当に必要を満たしてくださるんです。」しかも、おしゃれ着まで。
 聖書にはこうあります。「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。― 万軍の主は仰せられる。― わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。」(マラキ3:10) 経済的な祝福の道はここにあるのではないでしょうか。ためしてみませんか。
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by sayama_church | 2009-03-09 16:35 | 牧師の窓 | Comments(0)

3月8日(日)のご案内

◆  主日礼拝  午前10:30~11:45   
  
      説教 : 何が幸せなこと?  創世記36:1~9 

                                    小坂 嘉嗣牧師

   並行して子どもチャペルがあります。どうぞお子様連れでもご安心して
   お出かけ下さい。

   
◆  夕 拝  午後6:30~7:10    
   
      説教 :  「互いに愛し合いなさい」 ヨハネの福音書13:31~35

   ・ 教会は、どなたでも(クリスチャンでない方でも)おいでいただける
     ところです。信仰を強制されることは一切ありません。
   ・ 礼拝の中で席上の献金のときがありますが、あくまで自由献金です。
   ・ 賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。
   ・ 一週の最初を礼拝で始めることは、必ず祝福となります。
     どうぞお気軽にお出かけください。
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by sayama_church | 2009-03-07 11:41 | 今週/来週の案内 | Comments(0)

母の祈り

 先日、用事がありちょっと実家に立ち寄ったとき、母と話をするときがありました。そのとき、母は私のために二つのことを祈っていると言い、そのひとつが英語の通訳ができるようになれるようにと聞いて、たまげてしまいました。   
 確かに、通訳ができるようになれたら本当にすばらしいことです。外国のすばらしい説教者だって、礼拝や教団の聖会に迎えることだってできます。それはとっても大きな祝福となります。けれども、実は私はつくづく、語学の才能がないことを実感しているのです。学生時代は、フランス語科に在籍しましたが、全くものになりませんでした。正直、専攻を間違えたと思いました。同じ人文科学系でも社会思想などの授業の方がよっぽど楽しく感じました。社会人になり、会社で中国語の勉強をしましたが、これも滅茶苦茶でした。そんなわけで、英語の通訳、ことに説教なんてとんでもないことです。
 しかし、親の愛と祈りは、本当にありがたいなとしみじみ感じました。気のせいか、なんだか最近マイケル(キッズイングリッシュの先生)の言葉がよく聞き取れるように思えます。英語の文献を開くことも時々あるのですが、これまた以前に比べて良く読み取れるようになった気がします。あらためて、フッと思ってしまいました。もしかしたら、母の祈りの結果かも・・・・?
 万一、将来私が英語の説教の通訳をしたとしたら、それは間違いなく母親の祈りのおかげでしょう。いずれにせよ、どんなことでも祈ってくれる人がいることはありがたいことです。  
               
                   「彼女は主に祈って」Ⅰサムエル1:10
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by sayama_church | 2009-03-03 15:51 | 牧師の窓 | Comments(0)