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障碍を持つ友

 先日、思いがけない人の訪問を受けました。かつての同僚です。二十数年前、私は会社員でした。ある時人事部に呼ばれると、そこに小柄な一人の青年がいました。「新しく入社するK君だ。独身寮に入る。君と同じ部屋になるからよろしく頼むよ。」そのように人事部長に言われて紹介されたのが、耳が聞こえず、言葉を話せない聾唖者の彼でした。

聾唖者の方と寝起きを一緒にするようになるとは、思わぬことでしたが、もっと驚いたことは彼がクリスチャンだったことでした。出身は函館ですが、所沢の国立リハビリセンターで職業訓練を受け、その時に聾唖者の教会に行くようになり、信仰をもったのでした。久しぶりに会った彼は、50歳を超えて落ち着きを増し、夫婦で教会に通い、会計担当の執事を務め、2か月に1度は説教もしているとのことでした。

 私は、これまでにいろいろな人と出会いましたが、不思議なことに聾唖者との出会いも多かったように思います。中学生の時に知り合いになった宣教師は、聾唖者伝道をしているアメリカ人で、どうしてわかりませんが、私をとても気に入り、よく聾唖者の家や聾学校に連れていってくれました。山形県で聾唖者伝道をするために引っ越した後も、ときどき我が家を訪ねては、山形に連れていってくれたものでした。

 主は私を通して何をなさろうとしているのかは分かりません。しかし、もし主の御心であるならば、ハンデイともった人のために教会として何か助けになる事業をすることができないかと、ときどき漠然と考えます。

 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。」ルカ4:18


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by sayama_church | 2016-05-29 20:35 | 牧師の窓 | Comments(0)

2016年5月29日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前 7:00~7:40  
     
        説教  小坂嘉嗣師   

          

◆ 主日礼拝   午前10:30~11:45

  説教  神のなさることを受けとめる

               使徒11:1~18  
     
                   小坂嘉嗣師 



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

        説教  小坂嘉嗣師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 
また信仰を強制することは一切ありません。どなたでもお気軽に安心してお出
 かけください。
 
・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・一週間を真の神を礼拝してはじめることは大きな祝福です。ストレスや問題、
 悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。

・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
 (武蔵藤沢駅西口、入曽駅西口、およびお身体の不自由な方のご自宅)
 送迎車をご利用の場合は、予めお電話をお願いいたします。
      ℡ 04(2956)5973 


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by sayama_church | 2016-05-26 17:42 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

受動的人間

 私は、今は亡き父に「おまえは、子どものころお菓子をあげるよと言われると手を出すのではなくて口を開けるように子だった。」と言われたことがありました。そのように言うときの父は、たいてい私が物事に対して自ら進んで積極的に、機敏に取り組むのではなくて、受動的で、ゆったりと、状況が整えられるのを待ってから腰を動かすのを揶揄してのことでした。

 人には、生まれながら色々な性格があると思いますが、どちらかと言うと私はおっとりした、受け身的な人間なのかもしれません。そんな私が安定した生活を営んでいたサラリーマンを辞め、献身をして、開拓伝道をしてきたのですから神様は本当に不思議なことをなさるものです。

 ところで私は、ある時聖書の中に自分と似たようなタイプの人を見出してとても慰められました。ユダのヨシャパテ王です。彼はモアブ人とアモン人の外敵に攻められたときに次のように祈りました。「私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」Ⅱ歴代誌20:12

 ヨシャパテは、難題を乗り越える力の無いことを自覚しました。そして彼は、小賢しい策を練ることをせずに、無力な両手を開いて神の憐れみと助けを求めたのです。結果はどうだったでしょうか。彼は見事に戦いに勝利します。「この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いである。」(Ⅱ歴代誌20:15と神が戦って下さったからです。

 受動的な人間に見えるかもしれませんが、やはり私は神がして下さることを受けとめて歩んでいきたいと思います。「神よ、私を通して神の栄光を人々が見るようにしてください!」 


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by sayama_church | 2016-05-23 16:29 | 牧師の窓 | Comments(0)

ペンテコステ

 今日は、聖霊降臨を記念するペンテコスの日です。主イエスの復活から50日目に、心を合わせて祈り待ち望む主の弟子たちに聖霊が注がれました。聖霊に満たされたペテロが説教すると、その日に3000人ほどの人が罪を悔い改め、主イエスの十字架による罪の赦しを受け入れてバプテスマを受けました。ペンテコステは教会の誕生日でもあります。

 私は、主なる神様が私たちに与えて下さる最大の賜物は、聖霊だと感じています。主イエス様は次のように言われているからです。「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っていのるのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」ルカ11:13

主イエスは、ここで明らかに聖霊こそが人にとって最も良きものであると意識しています。

ところで聖霊とはいかなるお方でしょうか。聖霊は、聖なる神の霊です。自分でも目を背けたくなるような汚れた罪を赦され、神の子とされるのみならず、聖霊は私たちの内に住んでくださるのです。聖霊は、私たちの心をきよめ、造りかえます。聖霊は、私たちを教え、導きます。聖霊こそが、私たちとまことの神を知らないこの世の人とを区別する印なのです。天地万物を創造された愛と聖なる神様が、かたじけなくも、聖霊にあって罪人であった私たちと共にいてくださり、私たちを守り、支え、助けてくださるのです。

主イエスの十字架の功のゆえに、父なる神様は私たちに聖霊を与えてくださいました。聖霊は、神様に自分を全く明け渡し、ささげた人に満ちてくださいます。キリスト者は、この聖霊を自覚して生きるべきです。


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by sayama_church | 2016-05-15 18:23 | 牧師の窓 | Comments(0)

2016年5月15日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前 7:00~7:40  
     
        説教  小坂嘉嗣師   

          

◆ 主日礼拝   午前10:30~11:45

  説教  御霊によって歩みなさい。
           ガラテヤ5:16~26       
                 小坂嘉嗣師 



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

        説教  小坂由紀子師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 
また信仰を強制することは一切ありません。どなたでもお気軽に安心してお出
 かけください。
 
・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・一週間を真の神を礼拝してはじめることは大きな祝福です。ストレスや問題、
 悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。

・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
 (武蔵藤沢駅西口、入曽駅西口、およびお身体の不自由な方のご自宅)
 送迎車をご利用の場合は、予めお電話をお願いいたします。
      ℡ 04(2956)5973 

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by sayama_church | 2016-05-14 08:03 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

朝祷会

 朝祷会という働きがあります。地域のキリスト者が教派や教会を超えて一緒に集まってお祈りをする会で、日本の各地で行われています。昨日は、西武地区の朝祷会が狭山ひかり幼稚園であり、韓国の教会から短期宣教チームが来られるとのご案内をいただきましたので、出席いたしました。

彼らのお話を伺い、とても感銘しました。韓国の地方都市にある教会で、会衆は200名ぐらい、韓国ではあまり大きくありません。その教会が「とにかく日本の地に足を踏み入れ、日本の福音化のために祈りをささげ、何かをしたい。」と牧師、長老、執事たち19名を送り出したのです。東京の雑踏に立ちながら、教会のシンボルである十字架がどちらを向いても全く見えないことに驚きます。道行く人に片言の日本語で福音の伝えようとしてもまるで関心を示してくれないことに失望します。それでも日本の未来に希望を持ち、日本の教会、キリスト者、そして日本のために祈ってくださったのです。そしてまた共に祈りました。

使徒パウロは次のように言います。「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。」(ローマ9:1,2)「兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らが救われることです。」(ローマ10:1

私たちはどうでしょうか。魂の救いのために重荷を持っているでしょうか。日本の救いのために、地域の福音化のために、私たちの教会が魂を救いに導く教会となれるように祈っているでしょうか。真剣に祈り求めましょう。「さらば、与えられん!」です。


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by sayama_church | 2016-05-08 17:39 | 牧師の窓 | Comments(0)

2016年5月8日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前 7:00~7:40  
     
        説教  小坂嘉嗣師   

          

◆ 主日礼拝   午前10:30~11:45

  説教  りっぱな信仰
           マタイ15:21~28       
                 小坂由紀子師 



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

        説教  小坂嘉嗣師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 
また信仰を強制することは一切ありません。どなたでもお気軽に安心してお出
 かけください。
 
・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・一週間を真の神を礼拝してはじめることは大きな祝福です。ストレスや問題、
 悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。

・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
 (武蔵藤沢駅西口、入曽駅西口、およびお身体の不自由な方のご自宅)
 送迎車をご利用の場合は、予めお電話をお願いいたします。
      ℡ 04(2956)5973 

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by sayama_church | 2016-05-06 20:53 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

救霊学院の再校

 救霊学院が再開され、先週の29日(金)に最初の講義が行われました。期待以上の13名の受講者が与えられ、感謝でした。

 日本宣教会の創立者、相田喜介は早くも1929年に伝道者養成機関として救霊学院を開校して、多くの伝道者、牧師を生み出しました。その後一旦休校して、戦後に主に信徒養育を目的として再開しましたが、この時も小千谷宣教会を起こした丸山旭師を輩出しました。今回は、1980年に休校して以来、実に36年ぶりの再開、3度目の開校です。信徒が聖書を体系的に学び、理解を深めることを助けるのが目的の一つですが、同時に牧師と協働する信徒リーダーや勧士(信徒伝道者、説教者)の育成も目的としています。

 授業は、10数科目を5人の牧師が手分けしてあたります。私は3科目を担当し、その一つが、日本宣教会がどのような教団であるかを受講生と一緒に考える「日本宣教会論」なので、その準備のために改めて日本宣教会の歴史を調べ、遺されている創立時代のリーダーの説教を読んでみました。講義ノートを作りながら確認できたことは、創立者の相田喜介や後継者の中原幸茂が強調していたことは、聖書の御言葉を信仰の土台とする聖書信仰、明確な霊的な経験(新生、聖化)、聖霊の働きへの信頼、神を畏れる敬虔でした。こうした信仰の遺産は、今も変わらずに日本宣教会の底流に流れているものだと思います。因みに「日本宣教会論」の授業は、日本宣教会の歴史や創設者たちの信仰を確認するだけではなく、この時代に生き、この時代の教会とこの時代の人々に仕える私たちがどのように信仰生活を送り、どのように主と主の教会に仕え、どのようにこの時代の人々に主イエスを伝えていくように主が導いておられるかを自分になりに捉えることです。

主が、この働きを顧みてくださり、次の時代を担う主の働き人を起こしてくださるようにと祈っています。

「あなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。」Ⅱテモテ3:14


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by sayama_church | 2016-05-01 20:31 | 牧師の窓 | Comments(0)