<   2017年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

日々の生活では、実に様々なことが起こります。たとえ他人にとってはつまらない、小さな出来事に見えても、当の本人にしてみれば心が揺さぶられたり、沈んだり、悩んだりすることもあるでしょう。平凡な毎日の中にあっても、人は精神的には、暗やみの世界を遍歴することがあります。

オズワルド・チャンバーズは、「見よ、彼が、雲に乗って来られる」(黙1:7を引用して、こんな霊想を述べています。「聖書では、雲はつねに神と関連して出てくる。私たちの個人生活にとって、雲とは悲しみや苦しみをもたらし、神の秩序を乱すように思えるものである。しかし、この雲を通して、御霊は私たちに信仰によって歩くことを教えられる。・・・雲は、神がそこにおられることのしるしである。・・・神は・・・あらゆる雲を通して、私たちの信仰がますます単純になって、ついに幼子のようになることを望んでおられる。そのようになった時、神と私の魂だけが見え、他の人々は影にすぎなくなる。」(オズワルド・チャンバーズ著「いと高き方のもとに」)

 私は、ある時、どうしてこんなに心を乱し、悩ますことが起こるのだろうかと考えたとき、「神は私を訓練しておられる。どんな状況においてもそこに共におられる神を認め、神にのみ目を留めるように。」という思いに至ったことがありました。オズワルド・チャンバーズが言っている通りです。

 信仰者は、どんな時にも主イエスを認め、主イエスに目を向けるべきです。主イエスに目を向けている限り沈むことなく、道は必ず開けます。


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by sayama_church | 2017-07-30 19:59 | 牧師の窓 | Comments(0)

2017年7月30日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前7:00~7:40

        説教  小坂嘉嗣師



◆ 主日礼拝  午前10:30~11:45

        説教    主が心を開かれる
                       
               使徒16:11~15
      
                    小坂嘉嗣師



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

            説教  小坂嘉嗣師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 教会が初めての方、久しぶりの方もどうぞお気軽にお出かけください。
 ストレス、問題、悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。 
 信仰を強制したり、押し付けるようなことは一切ありませんのでご安心ください。

・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
  <送迎場所>
   10:00am 武蔵藤沢駅東口前のグリーンガーデンのコープ(生協)前
   10:10am 入曽駅西口
     お身体の不自由な方のご自宅

  送迎車をご利用の場合は、予めお電話をいたでけますと
  間違いがありません。
      ℡ 04(2956)5973

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by sayama_church | 2017-07-28 22:10 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

モーセの召命

旧約聖書に出てくるモーセは、私にとってはとても印象深い人物の一人です。これまでの信仰生活において、何度もモーセの生涯から教えられ、考えさせられ、導きを受けてきました。

それで、先日の夏期聖会で講師の梅田牧師がモーセの召命の箇所からお話し下さったときは、自分の献身の原点を確認するような思いとなり、感謝いたしました。モーセは、エジプトの奴隷のヘブル人の子として生まれましたが、不思議な神のお取り計らいによりエジプトの王宮に育ちます。成長した彼は、同胞のヘブル人を救おうと正義感を燃やしますが、挫折して、荒野の羊飼いに身を落としました。しかし、神は失敗、挫折して己の無力さを知ったこのモーセを召したのです。羊の群れを追い、神の山ホレブにやってきたモーセに燃える柴の中から「モーセ、モーセ。」と呼び、「あなたの足のくつを脱げ。」(出エジプト35と仰せられたのでした。

梅田牧師が語られたように、当時の文化において「くつを脱ぐ」ことは、権利、特権を放棄することを意味しました。神はモーセにすべての願望、計画を捨てて、神に信頼して従って来るように求められたのです。

私もかつて、主イエスに従っていきたいと願い、足のくつを脱いだ経験があります。しかし、足のくつを脱いで従い続けて来たかと問われると主に対して申し訳のない気持ちで一杯になります。今一度原点に立ち返り、主に従って歩みたいと祈らされました。


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by sayama_church | 2017-07-23 20:00 | 牧師の窓 | Comments(0)

2017年7月23日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前7:00~7:40

        説教  小坂由紀子師



◆ 主日礼拝  午前10:30~11:45

        説教    神を恐れたので
                       
             出エジプト1:8~21
      
                  小坂由紀子師



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

            説教  小坂嘉嗣師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 教会が初めての方、久しぶりの方もどうぞお気軽にお出かけください。
 ストレス、問題、悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。 
 信仰を強制したり、押し付けるようなことは一切ありませんのでご安心ください。

・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
  <送迎場所>
   10:00am 武蔵藤沢駅東口前のグリーンガーデンのコープ(生協)前
   10:10am 入曽駅西口
     お身体の不自由な方のご自宅

  送迎車をご利用の場合は、予めお電話をいたでけますと
  間違いがありません。
      ℡ 04(2956)5973

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by sayama_church | 2017-07-21 18:02 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

父なる神

私たちにとりまして、幸福とはどんなことでしょうか。自分の存在が肯定され、喜び受け入れられることではないでしょうか。

もう随分前のことですが、今は天に召された一人の老婦人が教会に見えておられました。若くしてご主人に先立たれ、3人のお子様を女手一つで立派に育てられた方でした。彼女は、祈祷会のあかしの時間になると率先して口を開かれるのですが、たいがい決まって子ども時代の父親との思い出の話でした。当時、まだ若かった私は、80歳を超えた方が、夫や子どものことよりも父親の話をされるのを何か不思議に感じたものでした。しかし、今にして思えば、自分の存在を肯定して、喜び受け入れてくれた父親との思い出が、彼女の心の底に幸せな感情に包まれて、ずっと残っていたのだと分かります。

さて、聖書に次のような御言葉があります。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」(マタイ3:17)これは、主イエスがバプテスマ(洗礼)を受けて、水から上がられたときに、天から告げられた声でした。同じ言葉が、主イエスによって罪が赦されて神の子とされた私たちに対して、父なる神が語り掛けておられると云うのが、聖書が告げるメッセージです。

聖書が啓示する神は、私たちの存在を肯定して、喜び受け入れて下さる霊的、理想的な父です。あなたも主イエス・キリストを通してこの方を親しく知ることができますように。


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by sayama_church | 2017-07-20 08:03 | 牧師の窓 | Comments(0)

2017年7月16日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前7:00~7:40

        説教  小坂嘉嗣師



◆ ウエルカム礼拝  午前10:30~11:45

        説教    大いなるご利益
                       
             Ⅰコリント15:1~5
      
                   小坂嘉嗣師

     *どなたでもお気軽にご参加ください。



◆ 夕  拝  お休み
   
    *夏期聖会のためにお休みとなります。
           

     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 教会が初めての方、久しぶりの方もどうぞお気軽にお出かけください。
 ストレス、問題、悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。 
 信仰を強制したり、押し付けるようなことは一切ありませんのでご安心ください。

・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
  <送迎場所>
   10:00am 武蔵藤沢駅東口前のグリーンガーデンのコープ(生協)前
   10:10am 入曽駅西口
     お身体の不自由な方のご自宅

  送迎車をご利用の場合は、予めお電話をいたでけますと
  間違いがありません。
      ℡ 04(2956)5973

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by sayama_church | 2017-07-14 22:01 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

主を待ち望む者に

次から次へと生まれる重荷や労苦のために、ものごとが願うように進まないことのゆえに、心が疲れ、すり減り、沈むことはないでしょうか。

聖書にこんな御言葉があります。「ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。『わたしの道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。』と。・・・若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」イザヤ40:2731

ここで「ヤコブ」「イスラエル」と呼ばれている人は、明らかに「自分は神に忘れられているのではないか」と思いたくなるような苦しみの中にいます。それで「わたしの道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と言っているのです。私も、青年時代に、思うように道が開かれない状況に鬱鬱として、この御言葉に大変共感を覚えたものでした。しかし、主は「疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける」(イザヤ40:29お方です。主を待ち望む時に、重荷や困難がむしろ天空高く舞い上がる鷲の翼のように変えられるのです。

心が疲れ、沈むとき、問題や課題を見つめたり、他人と比較したり、自分を嘆いたりするのではなくて、主を待ち望ませていただきましょう。必ず鷲のように翼をかっての上る力が与えられます。


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by sayama_church | 2017-07-10 07:17 | 牧師の窓 | Comments(0)

2017年7月9日(日)のご案内

◆ 早朝礼拝  午前7:00~7:40

        説教  小坂嘉嗣師



◆ 主日礼拝  午前10:30~11:45

        説教    人の心を開く愛
                       
              使徒9:36~42
      
                  小坂由紀子師



◆ 夕  拝  午後7:00~7:40

            説教  小坂嘉嗣師
     
              
 
・教会の集まりは、いつでもオープンです。どなたでも参加することができます。
 教会が初めての方、久しぶりの方もどうぞお気軽にお出かけください。
 ストレス、問題、悩みの多い日常にあって、心の安息と生きる力が与えられます。 
 信仰を強制したり、押し付けるようなことは一切ありませんのでご安心ください。

・当教会は、近隣のミッションスクール(聖望学園、明治学院)の生徒さんが
 授業の一環でしばしば出席されています。
       
・礼拝の中で席上の献金のときがありますが、自由献金です。
 スルーされても構いません。

・賛美歌、聖書は教会に備え付けのものがあります。

・教会の裏に十分な広さの駐車場があります。
   
・朝の主日礼拝では教会車による無料の送迎があります。
  <送迎場所>
   10:00am 武蔵藤沢駅東口前のグリーンガーデンのコープ(生協)前
   10:10am 入曽駅西口
     お身体の不自由な方のご自宅

  送迎車をご利用の場合は、予めお電話をいたでけますと
  間違いがありません。
      ℡ 04(2956)5973

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by sayama_church | 2017-07-08 09:12 | 礼拝のご案内 | Comments(0)

あなたがたの祈りと御霊の助け

東海聖会の奉仕のためにお祈りをありがとうございました。気軽に引き受けたものの、このところ忙しい日々が続き、期日が迫っても準備がままならず、加えて肉体的な疲労も重なって、主の助けを本当に必要としていましたが、無事に責任を果たすことができました。心ある方々の祈りと御霊の助けのゆえであると深く感じています。

聖書に次のような御言葉があります。「というわけは、あなたがたの祈りとイエス・キリストの御霊の助けによって、このことが私の救いとなることを私は知っているからです。」(ピリピ1:19)

これは使徒パウロの言葉です。彼は今や投獄の身で、しかも日ごろパウロを妬ましく思っていた一部の伝道者仲間は、パウロの投獄をむしろ喜び、パウロを精神的にも苦しめていました。このような外面的にも内面的にも非常に厳しい中にありながら、パウロはピリピの教会の祈りと御霊の助けによって、一切のことが益になるばかりか、救いになるのだと確信しているのです。パウロは、彼の歩みを支えるのは、心ある信仰者の祈りと御霊の助けであることを深く頷いていたのです。

キリスト者の歩みを支えるのは、教会の祈り(キリスト者同士の祈り)と御霊の助けです。お互いに祈り合い、また御霊の助けを信じて歩んでいきましょう。


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by sayama_church | 2017-07-02 21:33 | 牧師の窓 | Comments(0)