先週の平日は夏休みを取り、毎朝の早天祈祷会と定例の祈祷会をお休みにさせていただきました。コロナ禍の中ですから、特段どこかへ出かけるようなことはしませんでしたが、本当にゆっくり休むことができました。教会の皆様には、ご理解をいただき本当に感謝しています。
何をしたかと言いますと、家内と二人で数年来のたまりにたまった家の片づけをしました。押入れを開くとそこには積み重なった埃まみれの段ボール箱と衣装ケース。一つ一つ開いて不要なものを整理しました。無造作にたくさんの写真が放り込まれた箱が出てきたので、中を見ると子どもたちの幼いときの写真などと一緒に美しく愛らしい女性といかにもうだつが上がりそうにないひ弱な痩せこけた男性が並んだ写真も出てきました。結婚当初の私と家内の写真です。写真をながめながら「よくぞ、世間からは評価されず、経済的には不安定な、しかも開拓中の牧師のところにお嫁に来てくれたものだ。」と家内への感謝の思いを新たにしたことでした。
「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。」(哀歌3:22,23)
振り返るときに、決して誇れるように歩みではありませんでした。ただただ主と家内の多くの忍耐と愛と赦しがあったからこそのこれまでだったと感じています。家族を愛し、主の助けをいただきながら、主から委ねられた務めを全うできればと祈らされることです。