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オリンピックに因んで

 東京オリンピックが開幕しました。20139月の東京での開催決定に日本中が沸き立ち、滝川クリステルさんの招致プレゼンテーションでの「おもてなし」と言う言葉がブームになった頃が嘘のような、何となく盛り上がりの欠いた幕開けとなりました。

未だコロナの感染拡大が収まらない緊急事態宣言下、加えて大会関係者の過去の不祥事が明るみに出るゴタゴタ。それでも、この日のために努力してきた選手にはエールを送りたいと思います。

ところで聖書にこんな御言葉があります。「競技する人は、あらゆることについて節制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。ですから、私は目標がはっきりしないような走り方はしません。空を打つような拳闘もしません。」(Ⅰコリント925,26

これは、人生を競技に譬えた使徒パウロの言葉です。パウロは、生きることに明確な焦点、目標を持っていました。それはやがて地上の生涯を終えた後に神から受ける褒賞でした。彼はそれを「朽ちない冠」と言っています。パウロは神に向かって人生を一心に走ったのです。寿命がつきたら終わってしまう人生ではなくて「永遠のいのち」の土俵に生きたのです。私は、20代の若い頃にこのパウロの言葉にとても大きな刺激を受けました。地上で終わってしまうのではなく永遠の希望に生き、「意味のない」「目標のない」「目当てのない」「何となく生きている」「虚しい」人生ではなくて、焦点の定まった生き方をしたいと思いました。

「今だけ」「金だけ」「自分だけ」という風潮が強い時代です。でも、永遠の希望と朽ちない、色あせない真の価値に目を留めた人生を歩みたいものです。


by sayama_church | 2021-07-25 20:13 | 牧師の窓 | Comments(0)
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