よろいを脱いで

 こんな話を聞いたことがあります。一人の牧師がPTA関係の集まりに招かれてお話をしました。小さな集まりであったのでしょうか、彼はある条件を出して輪になって分かち合いをしました。その条件は、ここで語られたことを決して他言しないこと、人を教えるようなことを言わないことでした。一人一人が心にある重荷や悩みを率直に話し始め、中には涙ながらに語る人もいたそうです。「こんなに心癒されたことはなかった。」というのが参加者の感想でした。
 普段、ほとんどの人が自分の弱みを見せまいとして、鎧を着ています。悲しいことですが、そうしなければ生きられない、自分が傷つく世界だからです。神を離れた罪の世界です。けれども友や知人に対してならばまだしも、家族や親しい友に対してもそうだとしたら辛いことです。実は、神は交わりを持つ者として人を創造されました。ですから心が通い合い、真の交わりがあるところに、私たちは幸福を感じます。鎧を着けたままだと真の交わりは生まれません。
 すばらしいことに、イエス・キリストに救われた人は、神との交わりと人との交わりの豊かさを経験することができます。聖霊による交わりです。その交わりは、その人の存在そのものを根底から支えます。私たちは、神によって無条件に愛されています。ですからありのままに自由に生きることができます。鎧で身を覆う必要はありません。私のようなつまらない、汚れ果てた者を愛して下さる神の愛を知れば知るほど、聖霊は、鎧を脱ぎ、他者を受け入れる心にして下さいます。

「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」Ⅰヨハネ1:3

(2006.3.5)
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by sayama_church | 2006-03-09 19:28 | 牧師の窓 | Comments(0)
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