教会の使命


 19世紀にイギリスのウイリアム・ブースによって始められた救世軍と言う働きがあります。日本でも社会鍋や病院、社会福祉などでよく知られています。救霊と社会事業を両輪として大衆にキリストを伝え、世を救うことを使命としています。
 ところで、《世を救う》と言うことは、救世軍だけの使命ではありません。実はすべての教会の使命であります。と言うのは、それはキリストのお心だからです。ですから、健全な教会は内向きではありません。内部だけの交わりを楽しんでもいません。いつもキリストの救いを知らない99パーセントの世の人に目を向けています。そして世に出て行き、キリストの救いを伝えることを重荷としています。
 最近、私はこんなことを考えるようになりました。大概の人は、伝道は牧師の仕事だと考えている。けれども、世の人々と接する機会は、牧師より信徒の方々のほうがはるかに多い。むしろ、牧師は自ら伝道する以上に、キリストの心をもって伝道する信徒を生み出すことの方がはるかに大切で、聖書的なのではないかと。
 愛する皆さん、周りを見渡しましょう。今は年に3万人以上の自殺者が出る時代です。生きていくことが息苦しいような社会です。キリストの恵みを豊かにいただき、この世に出て行こうではありませんか。
 また教会は、もっと社会との接点を多く持つ必要があるように思います。世を救うために教会があるのに、世から浮出て良いはずはありません。教会は、老人福祉施設や幼稚園などを持つことも必要なのではないか、真面目に考え、祈らされます。
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」
Ⅰテモテ1:15

                              (2006.7.2)
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by sayama_church | 2006-07-06 22:42 | 牧師の窓 | Comments(0)
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